神樹幻惑 3
足元の枝がぱきぱきと音を立てる。
周囲からは不自然なほど音がしない。無音。
二人が草をかき分ける。
かさかさ。ぱきぱき。
このままもう少し無音が続いたら
ステラは大声で自分の今食べたいものを欲望のままに叫んでいただろう。
そうしたらハルマキはどんな反応をするのだろうか。
ノイローゼ寸前で気が狂う瞬間を目の当たりにした人は
いったいどんな反応を見せるのだろう。
ステラの限界はもうすぐそこまで迫っていた。
幸運にもステラが自身の食欲を世界にさらけ出すことはなかった。
霧の中で生い茂る木々が急に無くなり小さな集落が視界に現れた。この島の現住民の島だろうか。
とにかくこの曇りがかった緑の迷宮を抜けられるなら何でも良かった。
ステラは何気なく後ろを振り返った。
ハルマキが少し離れた木の根本で座り込んでいる。
歩きっぱなしで疲れたのだろうか。
ステラが近づき話しかけようとすると、どうもそう軽い様子では無いことがわかった。
息が荒い。発熱しているかもしれない。
これはかつて自身もなったことがある。風邪だ。
姉や近所の人が幼きステラの看病をしてくれた記憶が残っていた。
久しくかかっていないがこれは確か、かなり辛かった気がする。
とにかくこのまま放って置くことはできない。
ステラにはすっかり仲間意識が生まれていた。
集落には普通に人がいた。
こういうのは相場無人であるものでは無いだろうか。
それどころか人々は1人残らずステラが話しかけると家に招き入れ話を聞いてくれた。
ただこの親切さはステラが知っている親切とは少し違う気がする。
ただその違和感が何なのか、今すぐ理解することは難しかった。
3人目に話しかけた女性もまたステラが事情を説明するとすぐに家に招き入れた。
木製の扉を開け、廊下の先に進み中に入る。人の気配は無い。
女性が後から家に入り、声をかけると奥の部屋から男性と、ステラよりもずっと小さい少年が出てきた。
2人はステラの顔を見るとにこやかな笑顔でぺこりと頭を下げた。
ステラはハルマキを借りた布団に寝かせる。
さっきよりも随分と辛そうだ。この顔を覆う布は外すべきだろうか。
そんなことを考えていると女性がステラを食卓に呼んだ。
ステラが向かうと既に男性と少年も座っていた。
テーブルには5人分の食事が用意されている。
「あの子の分も一応作っておいたからね。」
女性が笑顔でステラにそう声をかける。
あの子というのはハルマキのことだろう。
あまり気にしたことは無かったが、そういえば
ハルマキの背丈はまだ成長途中のステラのものとあまり変わらない。
あの子はなぜ旅をしているのだろうか。
そういえばあの子はどこから来たのだろう。
そもそもなぜあんなところにいたのだろう。
ぱちん
ふと我に返った。
気付かぬうちにかなり深く考え込んでいたようだ。
さっきの音は少年が手を合わせた音であった。
見ると女性と男性も同じように手を合わせ祈るような姿勢を取っている。
よく分からないがステラも同じように手を合わせる。
すると女性はなにか言葉を発した後食事に手をつけた。
ステラも合わせた手を用意された食事に向けた。
ふっくらとしたパンはピリッと辛い豆のスープによくあっていた。美味しい。
ステラは女性に再び話をした。薬などを持っていないだろうか。
女性は悩んだ後申し訳なさそうにステラを見た。
まあそう都合よくは行かないだろう。
ただ女性はステラに新たな目的地を示してくれた。
この集落のリーダー的なシンジュという人物であれば解決してくれるかもしれないとのことだ。
ステラが食事を終えると女性はハルマキの分のパンを袋に包んでくれた。
シンジュは少し離れの建物に住んでいるらしい。
ステラはハルマキを背負ったまま頭を下げた。
女性はステラらを扉を開けて見送る。
その背後の食卓にはまだ少年と男性が座っている。
食卓の上には3人分の食事が手付かずのまま冷たく残っていた。
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