Scene7 ロゴスは問題の本質を見誤らず、仮説を否定する

 数日後、私はロゴス様が運転する車に揺られていた。

 事件の容疑者候補たちに、会いに行くのだ。


「ねぇ、ロゴス様。私、この数日間、たなもと先生が殺された密室状況について、色々考えてみたんです」

 私は助手席から、隣のロゴス様に言う。


「何か、いい案は浮かんだ?」

 ロゴス様はまるで他人ひとごとみたいに応じてきた。


 彼は秘密主義的で、明確な証拠が出てくるまでは推理を話してくれないことが多い。

 でも、ロゴス様のことだから、きっと密室の謎なんて、もう解き終えているのではないかと思う。


「一つ思いついたんですけど、人物誤認トリックが行われたんじゃないでしょうか」

 私はロゴス様に認めてもらいたい、とはやる気持ちを抑えて、落ち着いた口調を意識して語る。


 人物誤認トリック――内訳うちわけとしては一人二役、二人一役、入れ替わりなど多岐たきに渡るが、今回の事件に相応ふさわしいのは二人一役の人物誤認トリックだ。


しき巡査は雨で視界が悪かったって証言していて、生前のたなもと先生の顔を少しの時間しか見ていません。もしかしたら、しき巡査が遭遇した人物は、被害者じゃなくて別の人物――例えば、犯人だったんじゃないですか?」


 しき巡査から逃走した人物が、もしもたなもと先生ではなかったとしたら、しき巡査が男を追いかけているとき、たなもと先生はもう既に殺害されていたのだ。

 犯行を終えたら、犯人は堂々と表から路地裏を出てしまえばいい。表からであれば、足跡も残らない。


 しかし、ロゴス様の反応はかんばしくなかった。

「それって、本質的には何も解決していなくない? 犯行時に路地裏を脱出できても、犯人は結局、しき巡査に追われて再び路地裏に入っている。一人の生きた人間が入って、一つの他殺死体だけが出てきた、という構図に変化はないよ」


 うぐっ……。それは確かにそうだ。

 でも、これは事前に予測していた反論。諦めるな、私!


「じゃあ、こういうのはどうですか? さっきの人物誤認トリックに加えて、空間誤認のトリックも行われていたんです。たなもと先生が殺害された路地Aと、犯人が逃げ込んだ路地Bの二つがあったとしたら、解決しませんかっ?」


「えーっと、つまり……」

 ロゴス様は運転しながら思案する。

しき巡査は犯人が路地Bに入るところを見ていたのに、自分はうっかり間違えて路地Aに入ってしまって、死体を発見したってこと? それが真相なら、いくらなんでも間抜けすぎると思うけれど」


 むぐぐぐぅ……。

 うーん、これ以上の仮説は用意していない……。でも、しき巡査の認識を疑わない限り、この密室状況を解くなんて不可能なのではないか。


「人物誤認も空間誤認もだめなら、あとはもうしき巡査自身が犯人、くらいしか思いつきませんよぉ」

 私は背もたれにぐでーっと身を預けて、思いつきを話す。

「あっ、これ、意外とありうるんじゃないですか?」


「意外な犯人ではあるね。でも、さすがに推理小説ミステリ的な発想すぎるよ。現実的に考えて、もしもしき巡査が犯人だったら、こんな不可能状況を偽証する意味はない。巡回パトロール中に遺体を発見しました、って簡潔に報告すればいいだけだ」

 ロゴス様は苦笑しながら否定する。


 どうやら私はまだまだ、立派な演算えんざんにはなれなさそうだ。

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