Scene6 あかりは小説家の人間性を知り、低俗な現実を拒絶する

 私は机をばんっと叩いて立ち上がった。

「不倫相手ぇ!?」


「並木さん、座ろう。一旦いったん座ろうね」

 ロゴス様がねこで声で言ってくるが、私は気にせずしんさんに顔を近づける。


「どういうことですかっ! あんな純愛を書いておきながら、不倫だなんて……!」


「私に詰め寄られても困るが……。事実、たなもと氏はかみしおりさんと不倫関係にあった。これはかみさんも証言しているし、たなもと氏自身も生前に認めている」

 あくまでも冷静に、しんさんは答えた。


「あのさ……、話がズレるとは思うんだけれど」

 ロゴス様が恐る恐るといった様子で口を開く。

「最新刊の『小説家になれなかった男』って、推理小説ミステリとして売られていなかった? 純愛なんてあるの?」


「ジャンルは推理小説ミステリですけど、探偵役と助手のこいようえがかれてるんですよぉ! あんなに美しいれんを描いておきながら、本人は不倫だなんてぇ……!」

 私は椅子に戻り、机に突っ伏して頭を抱える。


「あー、なるほどね……。しんさん、彼女のことは放っておいていいので、お話を続けてください」

 ロゴス様があっさり言った。あんまりな扱いだ。


「では、事件に話を戻そう。警察が最も疑いを向けているのは、妻のまきさんだ。というのも、実は彼女も不倫をしていて、その相手が編集者のふでさかさんなんだ」

 しんさんは淡々と告げる。


「夫婦揃って不倫……。なんですかそれ、どこの昼ドラですか。愛と肉欲の四角関係ですか。うぅー、ドロドロしてるぅ……」

 私は無気力に机から顔を上げて、ぶつぶつ呟く。


なみさん、話が前に進まないから、一旦静かにしよう。いい子だから」

 ロゴス様が小声で、子供をあやすみたいに私をたしなめた。


 しんさんは続ける。

「事件当日の夕方頃、まきさんは夫が不在の間にふでさかさんを自宅へ招いていた。ところが、想定よりも早く夫が帰ってきてしまい、しゅ羅場らばになったらしい」


 「うわあ……」

 私は顔をしかめる。きっと、今の私の表情は梅干しよりもしわくちゃだろう。


「もう、怒鳴り合いに次ぐ怒鳴り合いの、大喧嘩だったそうだ。その際、まきさんが逆上ぎゃくじょうしてたなもと氏とかみさんの関係を指摘した。貴方だって不倫してるでしょ、とね。たなもと氏はかみさんとの不倫を認め、悪びれずに離婚を突きつけた。自分が本当に愛しているのはかみさんであって、お前はもう邪魔な存在でしかない、と言ったらしい。終いには、まきさんがこう叫んだ。あんたなんて殺してやる――と」


 おお、堂々たる殺害予告だ。そりゃあ、疑いを向けられても仕方がない。


「それから、たなもと氏はふでさかさんを強引に追い出した。ふでさかさんはそのまま帰宅して以後、外に出ていないと主張している。一方、まきさんはそれからも夫とのいさかいを続けたが、やがてたなもと氏が痺れを切らして、家を出ていったらしい。そのときには窓の外が暗くなっていたそうだが、具体的な時刻は不明だ」


不在証明アリバイはどうなっています? まあ、まきさんには成立する余地がないでしょうけれど……。ふでさかさんは一人暮らしですか?」

 ロゴス様が無感情に尋ねる。


ふでさかさんは一人暮らしだが、不在証明アリバイは一応、成立している。犯行推定時刻と同じ頃に、住んでいるマンションへ帰ってきた彼の姿を、マンションの管理人が確認したそうだ。しかし、この管理人が八十歳近い老人でね……。視力も悪い証人だから、絶対的な不在証明アリバイとは言えない」


 しき巡査の証言によると、たなもと先生は遺体として発見される数秒前まで、生きて走っていた。犯行推定時刻はかなり細かく絞られているのだろう。

 もしも管理人さんの証言が確かならば、ふでさかさんは犯人ではなさそうなのだが……。


「最後にかみさんだが、彼女は普段通りに会社から帰宅して以後、誰とも会っていないと主張している。もちろんアリバイは不成立だ。直接的に疑うべき根拠は薄いが、彼女の自宅は事件現場になった路地裏がある住宅街からほど近い場所にあるので、その意味で少し、疑わしいと言える」


 しんさんは長い説明を終えて、ふうっと一息つく。

「以上が容疑者候補たちに関する主な情報だ。〈巫顧ふこ神仏しんぶつ〉、何か気になる点はあるか?」


「そうですね……」

 ロゴス様は顎に手を当てて思案する。

「一旦、本人たちから直接、話を聞きに行こうと思います。残念ながら、てんけいはまだ降りてきてくれそうにないので」

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