4.いまは亡き、貴女へ贈る。







「美味しいですよ、このサンドイッチ!! うわぁ、身体が喜んでます!!」

「うふふ。カノンさんのお口に合って、とても嬉しいです!」

「……だから、お前は剣だろ」



 程よい場所にバスケットを置いて、腰を落ち着ける。

 そうすれば、ピクニックのフィナーレを飾るランチタイムの始まりだった。リィンが用意してくれたサンドイッチやハーブティーを楽しみつつ、俺たちは賑やかな会話を繰り返す。

 相も変わらずカノンは剣にあるまじき発言をしていたが。



「今度、アタシに作り方を教えてほしいです!」

「いいですよ、ぜひ一緒に!」



 ……まぁ、彼女たちが楽しいのであれば問題ないだろう。

 俺はそう思いながら、カップに入ったハーブティーを味わっていた。そして考えるのは魔族として生まれ、魔族として四天王にまでなった日常からの乖離。

 すなわち、その差についてだった。



「数ヶ月前は、こんなことになるとは思わなかったな……」



 居心地が悪いわけではない。

 ただ少しだけ、いままでの当たり前から離れたことで拍子抜けしていた。思えばこんな時間を過ごしたのは、いつ以来だったろうか。

 そうして記憶をたどると、脳裏によぎったのは――。



「……あぁ、おばあちゃんと一緒だった頃か」



 まだ病に侵される前、笑顔の絶えなかった彼女のこと。

 素性も分からぬままに世話になっていたが、あの老婆から向けられた想いは無償の愛に違いなかったと思う。それをこうやって思い出したのも、もしかしたらリィンと伯爵、そしてミラさんの関係に触れたからかもしれない。



「ホントに、どうして……ん?」



 そんな思いを馳せる折、俺はすぐ傍に咲く花に視線を奪われた。

 黄色い花弁の、可愛らしいものだ。

 それは――。





『――おばあちゃん、この花の名前は?』





 瞬間、懐かしい記憶がフラッシュバックした。

 俺はまるで胸を締め付けられるような、切ない気持ちに襲われる。




『この花はね、私にとっての宝物なの』

『えー……? でも、枯れてるね』

『ふふふ。だけど、宝物なの』




 ――あぁ、なんで忘れていたんだろうか。

 俺はこの花も名前を知っている。

 だって、




『貴方が初めて、私にくれたプレゼントだもの』




 魔族領の片隅、その道の端で懸命に咲き誇っていた。

 そんな姿に彼女を重ねて、贈ったのは他でもない俺だったのだから。




「リクさん、どうしたのですか?」

「あ……いや、この花を見ていたんだ」



 どれだけの時間を呆けていたのだろうか。

 こちらを心配して、令嬢が声をかけてきてくれた。俺はそんな少女を心配させまいと、黄色の花を撫でながら答える。

 するとリィンは、穏やかな表情になって花の名を口にした。



「それは、コリンの花ですね。たしか、花言葉は――」



 そして、こう続ける。





「『無償の愛を貴方に』」――と。





 それを耳にした瞬間に、俺はハッとした。

 幼い頃に、意味も分からずに贈った一輪の花。それを老婆は最期まで、大切に傍らに置き続けていた。俺はそれが不思議で仕方がなかったが、彼女を埋葬する際、胸に枯れてしまったそれを抱かせたのだ。



「あぁ、そうなんだな……」



 胸につっかえていた何かが、払われたような気持ちになる。

 ずっと、不思議でならなかったこと。まだ分からないこともあるが、しかし答えの一端に触れることができた。

 それを受け止めて、俺は――。



「なぁ、リィン? ひとつ、お願いして良いか」

「……はい。もちろんです」



 自然と、一筋の涙が頬を伝う。

 しかし令嬢は、あえてそれを茶化すことなく頷いた。



「押し花の作り方、教えてほしいんだ」



 俺はその好意に甘え、申し出る。

 せめて、少しでも長い時間を『コリンの花』と過ごしたいと思ったから。




「えぇ、分かりました」

「……ありがとう」





 自然と、感謝の言葉がこぼれた。

 これは令嬢に向けたものであると同時、いまは亡き老婆へ向けたもの。


 届いているだろうか。

 素性も分からない、それでも大好きだった人。




 そんな彼女への――『ありがとう』が。







――

老婆の素性の判明は、まだまだ先ですが。

みなさまに、感謝を伝える相手はいますでしょうか……というお話です。



続きが気になる、更新頑張れ。

もしそう思っていただけましたら、作品フォローと★評価を。


カクヨムコン、頑張ってます。

応援よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る