3.水の都を眺望し、平穏な時間。








「さて、到着です! 素晴らしい景色でしょう!?」



 最後に少しだけ奥まった道を進むと、間もなく一気に視界が開けた。

 するとリィンは嬉しそうに駆け出した後に、大きく腕を広げて振り返りながらそう笑って言う。遅れて向かうと、彼女の言葉の意味がすぐに理解できた。



「へぇ……ここから、エルタの街が一望できるってわけかぁ」



 空から降り注ぐ心地の良い日差し。

 それに照らされるようにして、水の都として名を馳せるエルタはきらきらと輝いて見えた。その美しさを供給する山々も、その頂に雪化粧をしていて壮観だ。

 俺たちのいる丘にも色鮮やかな花々が咲き誇っていて、この景観を彩っている。

 想像以上の光景に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。



「ね、凄いでしょう?」

「正直なところ、ここまで綺麗だとは思わなかったよ」



 笑顔で俺の手を引く令嬢に、素直な感想を伝える。

 すると少女は、とかく自慢げに胸を張った。



「ふふん、どうですか! これでもっと、エルタがお好きになったでしょう?」



 そして、父の治める街を我がことのように誇る。

 これ以上はないほどの『ドヤ顔』だった。しかしながら、そう口にしたくなる気持ちもよく分かる。俺だって自分の生まれ育った土地がここなら、きっと周囲に聞かせて回っていただろうから。

 少なくとも、ここからの景色は魔族領であってはあり得ない。



「あぁ、完敗だよ。これはもう、抵抗のしようがない」

「そうでしょう、そうでしょう!!」



 そう思ったので、俺はしっかりと諸手を挙げて敗北を認めた。

 こちらの態度がまた嬉しかったのか、リィンは腕を組んで何度も頷く。あまりに愛くるしいしぐさに、俺の表情も自然と綻んでしまっていた。

 この笑顔が守れただけでも、頑張ったかいがあった、というものだ。



「……あら、そういえばカノンさんは?」



 などと話していると、この場にいないアイツのことが気になったらしい。

 令嬢は俺の腰に下がっている鞘を見て、小首を傾げていた。そんなわけなので、カノンにも到着したことを教えようと――。



「おい、起き――ぐおっ!?」

「あー! よく寝ました!!」



 剣を引き抜いた瞬間に、聖剣少女は人型になりやがった。

 それがまた面倒なタイミングだったらしい。カノンの大きく伸びをした拳が、ものの見事に俺の顎を射抜きやがった。

 脳の揺れる感覚に襲われつつ、こちらがうつむいて膝をついていると――。



「あれ、もしかしてバテちゃいましたかー? リクさん」



 何を勘違いしたのか。

 この馬鹿は、無自覚に俺のことを煽ってきた。



「いやぁ、この程度で疲れるとは軟弱ですねぇ? ぷー、くすくす!」

「………………」

「あれれー? 何も言い返せないんですか? みっともな――」

「だああああああああああああ!? てめぇ、一度そこに直れぇ!?」

「ひぎぇえ!?」



 そこで、堪忍袋の緒もぷっつりと切れる。

 指さしてニヤつくカノンの脳天目がけ、俺は渾身の力で拳骨を叩きつけた。すると彼女はまるでフロッグ系の魔物が潰れたような声を発し、先ほどのこちらと同じくうずくまる。そんな聖剣少女に向かって、今度はこっちが罵声を飛ばすのだ。



「お前はいい加減に、そういう態度とか諸々を改めろっての!」

「ぐ、ぐぬぬ……!?」

「それに剣の状態で寝られるなら、ベッドに入ってくるな!!」

「む、うー……!!」



 今朝のこともあって、俺は思わず今は関係ないことも叱責する。

 すると、カノンの怒りも沸点を超えたらしい。



「だー!? 小言ばっかり!! それなら、言わせてもらいますけどねぇ!?」



 勢いよく立ち上がって、こちらに鼻面を突き合わせて声を荒らげた。



「アタシが着替えてる可能性もあるんだから、部屋のノックくらいしてくださいよ!? そういうところが、デリカシーないんです!!」

「なにぃ……!?」

「あー、そうでしたね! リクさんは女性経験が皆無! だったら、アタシが入ってるお風呂に間違えて入ってくることも――」

「そもそも、てめぇは剣だろうがぁ!! なに風呂入ってんだよ!?」

「何度も言ってんでしょうが、アタシだって女の子なんですよ!!」

「剣だろうが!?」

「女の子です!!」



 互いに息を切らしながら、日常の憤りと怒りを吐き出し合う。

 そうしていると、隣で見ていたリィンは頬を染めて――。






「あぁ、これが世に言うところの『痴話喧嘩』ですのね……!」

「違うって!?」

「違います!!」





 嬉々としてそんなことを口走るので、俺たちは同時にツッコむのだった。




 

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