2.色恋令嬢と、感じた視線。








「そうだったんですのね! わたくし、てっきり――」

「酒で泥酔したとしても、この女とは絶対にないからな」

「わ、なんですかその物言いは!? アタシだって、これでも女の子ですよ!!」

「……あのな、剣がなにを言ってんだよ」



 全力の説得によって、リィンの勘違いは解くことができた。

 こちらが十の説明をするのに対して、一の自己解釈で返され続けた時には頭を抱えたが、とにもかくにも今日は三人でピクニックである。

 令嬢はあの日から順調に回復を続け、いまでは病弱ささえもどこへやら。忙しく色々なところへ駆け回って見聞を広め、一生懸命に勉学に励んでいた。

 その最中に何を見聞きしたのか、妙に耳年増になった気もするが……。



「いけませんよ、リクさん。殿方は女性を花のように扱いませんと」

「どこで覚えたんだよ、そんな詩的表現……?」



 これ、このように。

 口を開けば色恋沙汰にかかわる内容ばかり。

 俺としては最も縁遠い話題でもあるので、対応に困ってしまった。カノンはそんなこちらを腹を抱えて笑い、指さしてくるのだからたちが悪い。当の自身だって無縁だろうに、この聖剣女は……。



「あー……疲れました、リクさん。おぶってください」

「自分で歩けっての。人型になれるんだから」

「ケチ! か弱いアタシはもう、棒が足のようですよ!!」

「……だったら、一本増えてよかったじゃねぇか」



 今日も今日とて、ダル絡みをしてきていた。

 最近では酔っていなくとも遠慮せず、身体を密着させてくる。見てくれは良いとしても元々が聖剣なので、嬉しくもなんともない。むしろ、安易にこうやって接触されると、また――。



「――やっぱり、お二人はそういう間柄ですの!?」

「違うから」



 お花畑な頭になっている少女が、顔を真っ赤にしていた。

 都度、真顔で訂正するのも疲れる。



「あー、もう! それなら、最後の手段です!!」

「あ、てめぇ――」



 などと、リィンに気を取られていると。

 その隙を狙ったかのように、カノンは剣の状態になって俺の腰にある鞘に収まってしまった。いままで軽かったそれに、ズシリとした重量感が追加される。

 油断していたため、思い切り腰を持っていかれてしまった。だから、つい――。



「――うわ、おっも!?」

『ひど!? めちゃくちゃ失礼ですよ、いきなり!!』

「まったくですわ、リクさん! 剣とはいえ、カノンさんは女の子ですよ!?」

「結託しないでくれ、頼むから!?」



 口を滑らせると、物凄い勢いで非難轟々。

 一人と一体によって口撃されて、俺はいよいよ悲鳴を上げるのだった。




「……で、目的地ってもう少し?」

「そうですわね。この道をあとちょっと進めば、丘に出ます!」



 ――そんな賑やかな時間を経て。

 俺たちはピクニックの目的地である丘まで、残り僅かのところまでやってきた。カノンはといえば、喋り疲れたのか眠ってしまっている。先ほどから頭の中に、彼女の寝息のような音が聞こえていた。

 聖剣少女の素性を知っているリィンの頭の中にも届いているらしく、時々の寝言にくすりと笑いを漏らしている。



「その丘って、ご両親の思い出の場所なんだって?」

「はい、そうです!!」



 和やかな空気の中、俺が訊ねると令嬢は元気よく頷いた。

 リィン曰く、これから行くのは伯爵と亡くなったミラ様の大切な場所だとか。そのようなところに一緒に行っても良いものか、とも思ったが、令嬢は俺たちだからこそ是非に、と話してくれた。

 だったらもう、遠慮するのは逆に無礼というやつだ。

 主に熟睡している聖剣少女が働きかけて、三人でピクニック、というくだりになったのだった。



「実のところお母さまとお父さまは、そこで愛を誓い合ったとか……!」

「お、おう……そうなのか」



 ――と、油断していたらまた色恋話になろうとしている。

 俺はヤバいと思って、とっさに別の話題を探って……。



「……ん?」



 そんな時だった。

 俺はふと振り返り、木々の生い茂る先を見る。



「どうされました、リクさん?」

「あぁ、いや……いま何か、妙な視線を感じたというか」

「視線ですか……?」



 そして、首を傾げるリィンにそう答えた。

 なんだろうか。やけに熱っぽい、というか……。



「気のせいかもしれないけど、何故か敵意剥き出しだった気が……?」




 俺は眉をひそめて、令嬢はさらに不思議そうな表情になっていた。

 しかし、警戒しようとしたら気配は消えてしまう。周囲にはすでに、平穏な小鳥の囀る声が響いていた。なんだったのだろう……。



「……まぁ、とりあえず行こうか」

「そうですね……?」



 それでも注意することは変わりないか。

 そう考えつつ、俺はリィンを守るようにして歩き始めたのだった。




 

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