11.憧れを超えて。






「具合はどうかな、リィン?」

「お見舞いにきました!」

「わぁ、リクさんにカノンさん! お忙しいところありがとうございます!!」




 ゴーナンさんの葬儀から、しばらく経って。

 彼の残した薬の効果もあって、リィンの体調は快方に向かっていた。目を覚ました頃こそ周囲の動きに狼狽えていた彼女だが、いまでは以前にもまして明るい笑顔を浮かべるようになっている。

 こちら顔を見せるとベッドから跳ね起きて、一直線にカノンに抱きつく。

 聖剣少女もしっかり受け止めて、姉のような表情をしていた。



「もう少し安静にしないと、駄目なんじゃないのか?」

「あら! お父さまもリクさんも、本当に心配性ですのね! わたくし、自分のことが分からないほど子供ではないのですよ!?」

「あ、あはは……まいったな。伯爵に、なんて言えばいいんだ?」



 お転婆なリィンの姿を見て、俺はちょっとだけ小言を口にする。

 だが彼女は、それに対して小さな胸を張ってそう答えた。アルディオ伯爵からは、まだ完治というわけでもないので無理はさせないでくれ、といわれている。

 しかしながら、そんな心配なんてどこ吹く風。

 そんな様子でリィンとカノンは、互いに手を取り合ってはしゃいでいた。



「まぁ……でも、今日は素直に従って差し上げます」

「あれ、どこか悪いんですか?」



 だが、すぐに令嬢は咳払いを一つ。

 カノンの手を引いて、ベッドの横へと移動した。聖剣少女はその思わぬ従順さに驚いて身を案じるが、リィンはすぐさま首を横に振る。

 そして、まるで親が子に教えるような所作でカノンに言った。



「違います、カノンさん。わたくしはいつか、お母さまよりも素敵な女性にならなければいけません。そのためにはまず、身体をもっとしっかり治しませんと!」

「な、なるほどぉ……!」



 カノンの感心したような声に、満足げな表情になってリィンはベッドに戻る。

 そして、半身を起こした状態になって言った。



「それでも、できることはします! カノンさん、そこの本を取ってきてくださいませんか?」

「え、あ……はい!!」



 見事なまでに使われつつ、カノンは指定された書物を本棚から運んでくる。

 ただ、そこで少し首を傾げるので――。



「どうしたんだ、カノン?」

「あ、いえ……あのリィンさん、絵本ではないのですか?」



 訊ねると、カノンは問いをリレーして令嬢に向けた。

 どういう意味かと思って俺も覗き込むと、そこにあったのは絵本ではない。まだわかりやすい部類ではあるが、これはいわゆる専門書だ。

 治癒術に医学、それ以外にも歴史といったものもある。



「絵本はもう卒業――と、いうわけではないですが。わたくしはこれから、お母さまを超えなければならないのです。そのための勉強です!」



 呆気に取られる俺とカノンに、リィンは自信満々に言ってのけた。

 そして、そのうちの一冊を開くとそこには――。



「あ、それ……」



 ――あの日の栞が、挟まっていた。

 そこにはもう、母との絆を示す青い花はない。ただ少しだけ古ぼけた紙のそれになって、読書の開始位置を示していた。

 カノンはやはり、このことに負い目があるらしい。

 少しだけ目を伏せて居心地悪そうに、両の手を合わせていた。すると、



「なにをしていますの、カノンさん?」

「え……?」



 そんな彼女を見て、小首を傾げたのはリィン。

 令嬢は栞を手にすると、それを胸に抱きしめて微笑んだ。



「わたくしなら、大丈夫ですわ。だってあの花がなくても、わたくしとお母さまは間違いなく――」



 本当に、心の底から嬉しそうに。




「心で、繋がっているんですもの……!」――と。




 それは、とても綺麗な物語。

 そして同時に、とても聡明な少女の決意の言葉。



「そっか……そう、だよな」

「リィンさん……!」

「わ! カノンさん、突然に抱きしめないでくださいまし!?」



 俺はそれに胸を打たれて。

 カノンに至っては、感極まってリィンに抱きついていた。




 すべて、令嬢の言う通りだろう。

 人と人を繋ぐのは、必ずしも形だけではない。言葉や心、それと一緒に交わした約束もきっと、いずれは誰かの支えになってくれるはず。

 魔族の俺にすべてを理解できているとは、まだまだ思えない。


 だけど、少しで良い。

 一歩ずつでも理解できたらと、そう思った。




「さあ、憧れているだけではだめです! わたくしは――」




 リィンは、カノンを押しのけて宣言するのだ。





「お母さまより素敵な方になると、約束したのですから……!!」――と。
















「ローズ様……! 先日、エルタで魔物を討伐した者の姿を捉えました!!」

「へぇ……? 面白いじゃん。僕にも見せてごらん」




 ――一方その頃、南の魔族領。

 そこでは以前までリクが座していた席に、一人の魔族が腰かけていた。深い紫の髪、他の魔族とは一線を画す燃えるような赤の眼差し。

 ローズと呼ばれたその魔族は、配下の魔族が差し出した水晶を覗き込んだ。



「……こ、これって!?」



 そして、途端に目を見開いてそれを鷲掴みにする。

 食い入るように。穴が空くかと思われるほど、その水晶を凝視した後に、ローズはくつくつという声で笑い始めた。

 周囲の魔族は何事かと、互いに顔を見合わせる。



「あ、あの……いったい、なにが――」



 その中でも一人の魔族が訊ねると、それを遮ってローズは宣言するのだ。






「総員に告ぐ! 僕――ローズ・アドマイヤはこれから、単身でエルタに向かう!!」――と。






 それは、あまりに無茶苦茶な行動で。





「……え、ええええええええええええええええええええええええ!?」





 当然ながら、他の魔族たちは叫びながらひっくり返るのだった。





――

ここで、第1章終わりです!

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