10.後悔と、責任。







「――そう、か。やはりキミの調査通り、ゴーナンがそうだったと」

「はい……」



 小都市エルタの市民代表、ゴーナンは街の人々によって手厚く葬られた。その葬儀の終わりに俺は、人気のない場所でアルディオ伯爵に顛末を告げる。

 すると彼は静かに息を吐き出しながら、どこか堪えるようにそう口にした。

 俺は短く頷くことしかできず、ただ沈黙が訪れる。



「……ゴーナンは、この街の人々に愛されていた」

「伯爵……?」



 それを破ったのは、アルディオ伯爵だった。

 彼は涙を流し、悲しみに暮れる街の人々の姿を眺めながら語る。



「本人は否定したかもしれないが、この街の再生に最も尽力したのは間違いなくゴーナンだった。彼の存在がなければ、私は人々から信頼を得ることはできなかっただろうから、ね」



 そんな伯爵の声は、どこか潤んでいるように感じた。



「伯爵は、彼のことを友人だと信じていたんですね」

「いまとなっては、それを確かめることもできないけれどね。……少なくとも初めて彼に会った時、親愛の情を向けてくれたのは間違いない」

「それはどうして、そう思うのですか……?」



 俺が訊ねると、彼はやや自嘲気味に答える。



「なに、ちょっとした私の特技だよ。これでも為政者の端くれだ。相手が何を考えているかは、多少なら見抜くことができる」

「それなら、どうしてゴーナンさんのことは……?」

「言っただろう? あくまで、ほんの少しだけなのさ。……いいや、正確には『初対面の場合に限る』といった方が、いいかもしれない。それ以上の関係になると、どうしても先入観が妨げになる」

「……先入観、ですか?」



 訊き返すと、伯爵は静かに頷いた。



「いいかい、リクくん。命を自覚する者はすべて、感情を持っている。それは私だって同じだ。だからこそ見抜けるともいえるが、裏を返せば偏見や願い、そして『そうあってほしいという望み』があると、物事を見る目は曇ってしまう」



 だからこそ自分には、ゴーナンを怪しむことができなかった、と。

 アルディオ伯爵は申し訳なさそうに、そう説明した。



「だからこそ、これについては私よりも偏見の少ないキミに頼るしかできなかった。色々と難しい注文をしてしまって、申し訳なかったね」

「いえ、俺はできることをしただけで――」

「いやいや、感謝しているよ。でも、一つだけ分からないことがある。そこで訊ねたいのだけど、いいかい?」

「……え。はい、なんですか?」



 俺が謙遜しようとすると、彼は優しくも少し意地悪な口調で告げる。




「キミはどうして私の力になってくれたんだい? ……魔族のリクくん」――と。




 その言葉に、俺は一瞬だけ心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥った。

 だけど驚いているこちらに対し、伯爵はどこかおかしそうに笑っている。そんな姿を見て、ようやく俺は彼に問いかけることができた。



「どうして、そのことを……?」

「それが私の唯一の取り柄だから、だよ。初めて会った相手のことなら、ある程度は看破できる。その人の考えていることや、思惑なんかを、ね」

「……と、とんでもないですね」



 俺はそれを聞いて、思わず冷や汗を流した。

 もし本当なら、これはとんでもない『異能』だろう。なんといっても、俺は魔法によって素性を隠していた。これでも四天王であったのだから、一介の人間によってそれを見破られるというのは、まずあり得ないこと。

 しかし、それだとすれば――。



「でも、だったらどうして俺に依頼を……?」



 俺はさらに不思議に思った。

 こちらが魔族であると知っているなら、警戒して然るべき。少なくとも今回のような話を持ち掛けたりは、まずしないだろうと思われた。

 そう考えて首を傾げていると、伯爵はまた微笑んで言うのだ。



「キミたち二人の組み合わせは、たしかに不思議に思ったけどね。ただ何か特別な事情があるのは、すぐに理解できた。それに私は、この力だけに頼らないようにしているから」



 つまり最後の決め手は、その『相手の素性よりも為人』ということか。

 このアルディオ伯爵という人物の器は、どうやら相当に清らかなのだろう。そしてこの感覚はどこか、魔王様にも通じるところがあるようにも思えた。

 大きさや深さについては、甲乙つけたがいところではあるが。



「素晴らしい方ですね、伯爵は」



 そう思うと自然、相手を賛美する言葉が漏れていた。

 これはきっと俺の中から出てきた素直な、尊敬の気持ちに違いない。ただ、それをすぐに否定したのは当の本人だった。



「いいや、私はまだまだだよ。結果として、多くのものを傷つけた」

「傷つけた……?」

「あぁ、そうさ。ゴーナンに、街の人々……それに、リィンもね」

「……リィンも、ですか?」



 首を傾げると、伯爵は頷く。



「ゴーナンは、リィンが病に罹る以前にずっと家庭教師をしていたからね。リィンも彼のことをとても信頼して、よく仲良く言葉を交わしていたよ」

「………………」



 見たこともないはずの光景。

 それにもかかわらず、ありありと想像できてしまった。

 胸が締め付けられるような思いがあって、俺はしばし黙り込んでしまう。そしてつい、こんな問いを投げかけてしまった。




「伯爵は、後悔してないんですか……?」




 自分が信じた道を歩んだ末に、彼は多くのものを失った。

 その選択に、悔いはなかったのか、と。



 あまりに不躾なものだった。

 だけどアルディオ伯爵は、真っすぐにこちらを見て答えるのだ。





「後悔がない、といえば噓になるだろうね。ただ――」




 迷いなく。




「だからこそ、私はここにある『いま』に責任を持つ必要がある」――と。





 ――エイダン・アルディオ伯爵。

 俺はその人の在り方に、為政者としての覚悟を見た気がした。



 

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