7.分岐点。
――それから、一ヶ月が経過。
アメリアの花に代わるものはないか、俺とカノンは一生懸命に捜索した。しかし、都合良くそんなものが出てくるわけもない。
希望へ向けてかかっていた細い橋は、焼け落ちてしまったのだろうか。
そのような後ろ向きな考えは持ちたくなかったが、日を追う毎にリィンの体調は悪くなっていた。本人は気丈に振る舞っているが、心配をかけまいとしているのは明らかだ。
「そうか。……どちらも動きなし、だね」
「申し訳ありません。俺が力不足な余りに……」
「そんな暗い表情をしないでくれ。キミはよくやってくれている」
その日の調査を終えて、伯爵に結果を報告する。
すると彼は、何の成果も上げられない俺を責めることなくそう言った。柔らかく微笑むように努めている伯爵だが、しかし心労を隠しきれていない。目の下にあるクマは日に日に濃くなっているところを見るに、彼も独自に調査を続けているようだった。
だからこそ、こちらを責められないと承知の上なのかもしれない。
「あぁ、いけないね。たまには気軽に、雑談でもしようじゃないか」
「ですがアルディオ伯爵、俺は――」
「いいから。これは命令だ」
「…………」
その時に、初めて伯爵は厳しい表情を見せた。
俺の顔を見て真っすぐに。柔和な印象を受ける普段の彼から想像できない鋭さで、こちらは思わず息を呑んでしまった。そこまで気を遣われては、従うしかないだろう。
促されるままにソファーに腰かけて、対面に座った相手が一息つくのを待った。
そして、すぐに口を開いたのは伯爵の方。
「あぁ、本当にリィンはミラにそっくりだ」
「ミラ? それはもしかして……」
「私の妻、そしてリィンの母親だよ。もう亡くなったけれどね」
俺が言うと、彼は弱々しく微笑み答えた。
そして懐から銀細工のペンダントを取り出して、懐かしそうに撫でる。
「身体が弱いところも、周囲に心配をかけないように振る舞うところも。好奇心旺盛で色々なものに興味津々でありながら、実は誰よりも臆病で泣き虫なところも。リィンは本当に、ミラの生き写しのような子だよ――どうして、なのだろうね?」
誰に向けたわけでもない問いかけだった。
だけど俺は、自身の尊敬する相手を思い浮かべて――。
「それはきっと、ミラ様が素敵な方だったから、ではないでしょうか」
「リク、くん……?」
自然、そう口にしていた。
「身近に素敵な魅力にあふれる方がいれば、幼い子ほど憧れるでしょう。そして自ずから真似るようになり、少しでも近い存在になりたいと願うのではないでしょうか?」
「………………」
すると伯爵は、おそらく形見であろうペンダントに視線を落とす。
そして、肩を震わせながら――。
「あぁ、その通りだね。リクくんの、言う通りだよ」
一筋の涙を流し、微かな喜びをもって頷くのだった。
アルディオ伯爵は次いで、また懐かしむように語り始める。
「実のところ私は元々、王族でね。求めてこそいなかったが、王位継承権の争いに敗れてエルタにやってきたんだ。そんな折、何もかも失ったと思っている私を変えてくれたのがミラだった」
「ミラ様が、ですか?」
「そうなんだよ。底抜けに明るい印象の彼女は、私に言ったんだ。――『野に咲く花々のように、生まれてから死ぬまで同じ場所から動けない人もいるけど、エイダンさんは違うでしょう?』とね。それを聞いた瞬間に、私はハッとさせられたよ」
窓の外に視線をやって、ゆっくり息をつきながら。
「生き方を変えたいと願うが、叶わない者がどれほど多いのか。例えばミラは身体が弱く、その好奇心に反して遠くへ赴くことはできなかった。だが私は違う。少なくとも行こうと思えば、好きな場所へ行くことだってできた。身分という枷を外せば、もっと多くの可能性があっただろう」
――失ったものはあったが、きっと得たものの方が大きかった。
伯爵は自身の生涯を見つめ直して、そう結論付けたという。そして思考を重ねた結果、彼はこのエルタでの暮らしを選んだ。
その理由はもう、訊くのも無粋かもしれない。
「素晴らしい女性ですね。ミラ様も」
「あぁ、私の目を覚まさせてくれたかけがえのない人だ。彼女は私にとって妻であると同時に、尊敬すべき恩人でもあったんだよ」
最後にそう言った彼の表情は、今までにないほど穏やかだった。
だからこそ、ミラという人の存在がいかに大きかったかが、痛いほどに分かる。もし俺がその立場で、そんな存在を失ったらと考えると、背筋が凍る程に恐ろしかった。
自分は耐えられるだろうか。
そう思い、俺は――。
「絶対に、リィンを――」
――助けましょう、と。
決意を胸に、そう言おうとした瞬間だった。
「旦那様、リィンお嬢様のご容態が……!?」
給仕の一人が血相を変え、部屋の中に飛び込んできたのは。
――
今日は二話更新にします。
ここで切って丸一日、というのもあれなので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます