6.残したもの。






「す、すいやせん。先日までは、確かに咲いていたんすが……」

「いいや、謝らないで。悪いのは貴方じゃない」



 俺を案内した馭者は、酷く申し訳なさそうに頭を垂れている。

 こちらに対しての気持ちももちろんだろうが、何よりリィンを助けられない、という事実が大きいように思われた。アルディオ伯爵たちはきっと、それだけ街の人々に愛されているのだろう。だからこそ不思議に感じるのは、その裏で悪事を働いている者がいる、ということだ。


 いったい何故、彼に対して敵意を向けるのか。

 その理由がいまだに分からず、俺は街の真ん中で一人考え込んでいた。



「リクさん。いかがなさいましたか?」

「あぁ、ゴーナンさん。ちょうど、訊きたいことがあったんです」



 そうしていると、声をかけてきたのは市民代表のゴーナン。

 やはり、このことについては彼に訊くのが一番だろう。



「訊きたいこと、ですか。いったい何でしょう」

「この街の人たちは、どうしてアルディオ伯爵にここまで感謝しているんですか?」



 そう考えて訊ねると、ゴーナンは少しだけ目を細めた。

 街並みを感慨深そうに見回し、小さく息をつく。そして――。



「この街は伯爵様がくるまで、水による災害の多い土地でした。ですが王都からやってきたあの方は、失意の中でも一生懸命に街のために尽力し、適切な整備を施し、現在の形を作り上げたのです」



 アルディオ伯爵のこれまでを、静かに語った。



「今は一時的に減っていますが、この景観を見るために多くの観光客が足を運びます。それによって街の経済は潤い、仕事も増え、街の者たちの生活基準も上がった。目に見えた功績ですから、みんなが伯爵様を評価するのは当然のことなのですよ」――と。



 ゴーナンの言葉は、まさしく真実なのだろう。

 それを踏まえて街のみんなの表情を見ると、そこにある眩しさにも理解ができた。だからこそ、俺にとっては不思議で仕方ないのだ。


 何故、どうして――と。



「リクさん。何もできない私からで恐縮ですが、どうかお願いします」



 俺は真っすぐに頭を下げるゴーナンを見る。

 彼は複雑な色を浮かべ、こう言った。



「リィン様をどうか、お救い下さい。あの方は私の――」



 しかし、どこか冷静な口調で。



「今は亡き幼馴染みの、忘れ形見なのです」







「……カノン、リィンは?」

「いま、ちょうど眠ったところです」




 伯爵邸。そのリィンの部屋に足を運ぶと、扉の前にはカノンが立っていた。

 どうやら遊び疲れたらしく、令嬢は眠ってしまったらしい。邪魔になるといけないと考え、カノンは静かに外に出たのだとか。

 ただ、それだったらどうして聖剣少女は――。



「なんで、ずっとここに立ってたんだ?」

「え……あぁ、たしかに……」



 その疑問を素直にぶつけると、カノンは意外そうに驚きながら答えた。



「どうしてでしょうか。……いえ、きっとつい考え込んでいたのかと」

「考えるって、何を?」

「まー……なんというか、色々」

「なんだそれ」



 そして、どこか気恥ずかしそうに頬を掻く。

 どうにも判然としない対応に、俺は思わず肩を竦めて呆れてしまった。



「あー、なんですかそれ。女の子には、悩み事がたくさんなんです!」

「女の子、って……お前は一応、剣なんだろ?」



 身体構造は分からないが、厳密にいえばカノンは人間ではない。

 聖霊とも違うので、遠慮なしに表すなら無機物だった。そこに性別の観念があったことには驚きでしかないのだが、それを言うとノンデリな気もするのでやめておく。

 ただ、こちらの問いかけにカノンは――。



「そう、ですね。ただ――」

「……ただ?」



 何故か少しだけ、遠くを見るようにしてそう口にした。

 こちらが訊き返しても、反応はない。


 その代わりに、こんな問いが戻ってきた。



「母親、って……どんな存在なんですかね」

「え……?」



 俺は予想だにしない言葉に、思わず首を傾げる。

 するとカノンは、胸に手を当てながら静かに言葉を紡ぐのだった。



「リィンさん、しきりにお母様の話をするんです。自分の憧れとか、目標とか、色々な言い方でその方を表現するんです。アタシも頑張って理解しようとするんですが、どこか――」



 そして一度、息をついてから。



「理解できないんです。どういうわけか、頭にモヤがかかったみたいになって、何かがそれを邪魔しているような感覚になってしまうんです」

「…………なるほど?」



 思い悩むように告げた。

 俺はさらに首を傾げ、こう訊き返した。



「それが、さっき言ってた悩み事か?」

「え……」

「いや。なんで、そこで不思議そうな顔する」



 するとカノンは目を丸くするので、俺は思わずツッコむ。

 だけど彼女は呆気に取られつつ考えるようにして、次第に口角を吊り上げた。そして、いつものように俺をおちょくる表情になって言うのだ。



「えー……? まさかリクさん、アタシを心配してくれてるんですかー?」

「な……!?」



 これは、もしかしなくても下手を打ったか。

 俺は一歩後退りすぐが、時すでに遅し。



「もしかしなくても、そうですよね? うわー、どんな風の吹き回しです?」

「あー、鬱陶しい! しな垂れかかってダル絡みするな!!」

「心配なんですよね? ほれほれ~?」

「こいつ……!!」




 そうして、伯爵の執務室への道すがら。

 俺はずっとカノンから質問攻めに遭うのであった。



 

――

リク×カノン

あるのかな……(作者が悩むな

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