5.想い。
『だったら俺は、この花を絶対に守り続けます』
『ふむ……?』
俺の答えを聞いて、魔王様は甲乙どちらとも取れない表情を浮かべる。
そして再度、こちらを試すように問うのだった。
『守り続ける、か。それは何故だ?』
きっと、ここからが一番重要な部分。
しかし俺に迷いはない。だって、これが当たり前と思ったから。
心の底から尊敬しているガイアス様の声を聴いていれば、おおよそ彼が抱いている感情は察することができていた。だからこそ、俺は迷いなく続けるのだ。
『ガイアス様は、愛しているのでしょう? このアメリアの花のことを』
例えば、その花に触れる手つき。
茎の折れないように、葉が千切れないように。
魔王様は俺との対話の中でも、きっとその花々を慈しんでいた。俺にその想いの根源は理解できないが、だけどもし、彼がそれを愛しているというのなら――。
『俺は大切な方の愛するものを、傷つけたくありません』
ふっと、柔らかな風が吹き抜けた。
アメリアの花々はそれに靡かれ、まるで小さく踊るかのように揺れる。魔王様はこちらの答えに対し、しばしの静寂を置いた後に小さく笑うのだった。
『なるほど、いかにもリクらしい答えだ。筋も通っている』
『そう、でしょうか……?』
『あぁ、そうだな。だが、しかし――』
ひと時の賛辞を頂戴したが、されども魔王様は首を横に振る。
そして、俺の肩に手を置いて告げるのだった。
『そこに私の願いはあるか?』――と。
優しい声色。
俺は思わず息を呑み、少しの考えてから首を左右に振った。
たしかに、これは俺が『そうであろう』と考えて取る行動に過ぎないのだ。それが仮にガイアス様の心を読み当てたとして、彼の願いを確実に汲み取れたとは言い難い。
それに思い悩んでいると、彼は静かに言った。
『私は、私の愛する者が病に倒れたなら迷わない。そのためであれば、私にとっての宝を手放すくらいはわけがない』
『ガイアス様……』
『憶えておくといい、リクよ』
呆けるこちらに魔王様は伝える。
彼の中にある答え、そのほんの一端を。
『これが魔族ならぬ者たちのいうところの、親の気持ちなのだろう』――と。
◆
「――旅の方、もうじき到着しますぜ!」
「ん、うぅ……?」
荷馬車に揺られること数時間。
俺はどうも浅い眠りに落ちていたらしく、馭者の声によって起こされる。身体の節々の痛みに眉をひそめながらも、目的の場所に近いとあっては文句を言う暇はなかった。
ただ、少しだけ……。
「本当に、懐かしい夢ばかりだな」
魔王様の言葉を思い出し、小さく息をついた。
その時だ。
「な、なんだこりゃあ!?」
「どうした!?」
馭者の男性が馬を止め、何を見たのか大きな声を発したのは。
俺はそれに驚きながら急ぎ荷台から降り、彼の方へと駆け寄った。そして、
「こ、これって……!」
少し開けた薄暗い木陰。
魔王城の中庭とよく似た景色のそこに、見たのだ。
「ア、アメリアの花が……全部、焼けてる……」
群生しているはずの青の花が、ひとつ残らず。
明らかな不自然さで、燃えカスのようになっていることを。
「こりゃ、ひでぇ……」
「いいや、まだ希望はある。もしかしたら……!」
それでも、諦めるわけにはいかない。
俺は焦燥感に駆られながら、燃えてしまった花の名残から希望を手繰る。そのために、片膝を地に着いた瞬間――。
「――誰だッ!?」
たしかに感じたのは、何者かの気配だった。
こちらを監視するような視線に気づき、俺はすぐに周囲への警戒心を高める。だがしかし、その主はまさに逃げるようにしてどこかへ行ってしまった。
考えるまでもないだろう。
いまのが、きっと――。
「『裏切り者』……か」
そして、このアメリアの花を焼き払った張本人。
俺は今すぐに追いかけたい気持ちを堪え、足元の花々を見つめた。
「くそ、このままだったら……!」
炙り出されるように、またも焦燥感が胸を焼く。
俺は舌を打ち、それでも一生懸命に青の花弁を探すのだった。
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