3.一仕事終えて。






「いやあ、貴方にお願いして良かったです。誠にありがとうございます」

「いえ、自分は大したことをしていませんから」

「そうなのですか? ところで――」



 ヌタクサの駆除を終え、水が浄化された。

 すると街の景観も一気に様変わりし、俺を出迎えたゴーナンはいっそう手揉みしながら謝辞を述べる。自分としては何もしていないので、そう答えると彼は不思議そうに言った。



「そちらの新しいお連れ様は、どうして濡れそぼった鼠のように?」

「………………」



 俺の隣で大きく肩を落としている、びしょ濡れのカノンを見ながら。



「あー、一応は今回の功労者です」

「『一応は』ってなんですか、リクさん!? こんな目に遭わせておいて!!」



 そんな彼女を見つつ答えると、不満が爆発したのか抗議が上がった。

 胸倉を掴んだカノンは、ガクガクと激しく俺を揺さぶる。



「アタシがどんな気持ちだったと思うんです!? この鬼畜、悪魔!!」

「だから、その誤解を招く言い方をやめろっての」

「ムキー!?」



 そして、彼女はまるで猿のように喚くのだった。

 あの後どうなったか、というと。沼に放り込まれたカノンは、ほとんど防衛本能的に聖霊力を行使した。その結果として毒素は完全に消失し、ヌタクサは枯れ果て、粘り気のある泥のようだった水は清流へと姿を変えたわけである。


 そこだけ切り取れば、たしかに俺が悪い。

 だが彼女は彼女で散々こちらを煽っていたので、お互い様だと思った。



「おやおや、そうなのですね」



 怒り狂うカノンの姿に、苦笑しながらゴーナンはこう声をかける。



「改めまして、心より感謝を。お礼の方は――」

「綺麗な水のシャワー! あと、お風呂を所望します!!」

「か、畏まりました……」



 すると物凄い剣幕で彼女が食いつき、彼は怯えていた。

 俺はようやく解放され、一息つきつつ考える。

 そして、



「そのついで、といっては何ですが。一泊で構いませんから、宿を貸していただけると幸いです」

「えぇ、えぇ、もちろんでございます。すぐに街の宿に手配します。一泊などと遠慮なさらず、ぜひ気が済むまでご利用くださいませ」

「ありがとうございます」



 そう願い出ると、市民代表は恭しく礼をした。

 こうして俺たちは無事、生活拠点を得たのである。







「ぷはー! 風呂上がりのエールは、骨身に沁みますねー!!」

「お前、一応は剣だよな。骨身って合ってるのか……?」



 そんなことが昼にあり、日が暮れて夜になった。

 俺たちは街の方々のご厚意で食事を用意され、いま酒場で舌鼓を打っている。水の都という名に相応しく、川魚をメインとした数々の料理はとかく美味だった。

 もっとも聖剣様はエールが好みらしく、完全に出来上がっているが。



「なんですかー、リクさん。ちょっと飲み足りないのでは?」

「そんなことないって」

「飲みましょうよ、いや、もっと飲みなさい!!」

「無理強いすんなって、この酔っ払い」



 このようにエールのグラスを押し付けてくるので、困ったものであった。

 そうかと思えば、すぐに自身のそれを飲み干して注文する。これは宿まで運ぶのは、大変なことになりそうだった。



「楽しんでおられますか? リク様、カノン様」

「あぁ、ゴーナンさん」



 そのことに辟易としていると、ゴーナンが姿を見せる。

 どうやら俺たちの様子を確認しにきたらしいが、カノンの姿を認めてまた苦笑していた。こちらも同行者として、どうも気まずい。

 しかし彼は咳払い一つ、切り替えるように言った。



「いや、しかし助かりました」

「お互い様ですよ。こっちはアテのない旅でしたから」



 そこで改めて感謝されたので、俺はエールを煽りながら答える。



「はて、アテのない? 失礼ですが、何か事情でも」

「あー……まぁ、二人揃って仕事をクビに、というか?」

「それはそれは、また難儀なことで……」



 訊ねられ、俺は身の上をボカして伝えた。

 するとゴーナンは眉をひそめ、それ以上は追及してこない。しかし、



「ですが、お二人のような方を追い出した方々は今ごろ困っているでしょう」

「いやー? それは、まずないと思いますよ」

「果たして、そうでしょうか」



 まるで、こちらを持ち上げるようにそう言った。

 俺はその言葉に本心から答えるが、彼はどうにも謙遜と受け取ったらしい。何度も頷き、眼鏡の位置を直しながら続けた。



「我々の問題を即座に解決された能力と為人、評価されていたと思いますよ」

「そうだと、良かったんですけどね」



 だが、素直に受け取ることはできない。

 だから曖昧に答えながら、俺はまたエールを喉に流し込んだ。



 魔王軍を辞め、最初の街での夜はこうして更けていく。

 ほんの少しだけもといた場所に、心を寄せて……。



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