2.聖剣:カノン。







「さて、ゴーナンが言っていたのはこの辺りか」

『それにしても、まさか自分から引き受けるとは思いませんでしたよ。魔族のリクさんが、いったいどうして人間の手助けなんてするんですか?』




 いよいよ件のヌタクサ繁殖地へ。

 そう思っているところで、カノンが不思議そうに訊いてきた。

 俺はゴーナンから預かった地図を見ながら、聖剣の抱える疑問に回答する。



「いや、単純に濡れ衣は困るだろ。それに――」

『それに……?』

「……いや、いまはいいから。とりあえず、前に進もう」

『ほー……?』

「……なんだよ」



 しかし適当に誤魔化すと、さすがにバレたのか。

 カノンはどこか興味深そうに、どこか探るような声色でこう言った。



『もしかして、リクさんって……案外、お人好しですか?』

「な、お前……魔族相手に何言ってんだよ!」



 俺が思わず言い返す。すると、どうやら図星だと感じたらしい。

 聖剣はニヤニヤとした声で、さらにこう続けた。



『いやいや、良いんですよ? ただ……へぇ~?』

「こ、こいつ……!」



 完全にこちらの反応で遊んでやがる。

 しかも『お人好し魔族』などという『不名誉』な称号を擦り付けて!



「あのなぁ、これはあくまで――」

『……良いんじゃないですか?』

「え……?」



 さすがに、我慢ならない。

 そう考えて否定しようとすると、カノンは途端に口調を変えて言った。



『良いじゃないですか、お人好しで。自分のことが一番で、誰の意見も聞かずに突き進んだ挙句、誰かのせいにするバカと比べたら、いくらでも』――と。



 その時、この聖剣が思い浮かべたのは誰なのだろうか。

 それは分からないが、俺はつい口を噤んだ。



『さて、と! それなら、そんなリクさんのためにアタシも一肌脱ぎますか! ヌタクサが毒だというなら、カノンさんの力で浄化もできるでしょうし!!』

「お前は剣だから、一肌も何もないだろうって」

『果たしてそうですかねぇ……?』

「なんだそれ」



 こちらのツッコミに、カノンはくすくすと笑う。

 やけに人間臭い物言う剣を背に、自然と俺も口角を緩めるのだった。







「――で、到着したわけだが」

『………………』



 ――ヌタクサ繁殖地。

 本来は美しい湧き水でできた泉だというそこは、暗色の粘々とした草で覆われていた。その葉から滲み出ているのだろう泥のような液体は、見ているだけで不快感を覚える。

 それをいかにして処理するか。

 その方法について、先ほどカノンは何か言っていたが……。



『やっぱり、前言撤――』

「さーて! 早速、ヌタクサを伐採しますかー!!」

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?』



 対象物のおぞましさを目の当たりに、聖剣は逃げようとした。

 しかし、そこは有機物と無機物の差であろう。


 俺はカノンをしっかり構えると、力いっぱいにヌタクサの茎に振り下ろした。




『いやああああああああああああああああああああああああああ!!』




 そのたびに、聖剣は悲鳴を上げる。




『やめてえええええええええええええええええええええええええ!!』




 俺はそれを無視し、粛々と作業を進めていく。

 だが、しかし――。



『穢されるうううううううううううううううううううううううう!!』

「語弊のある言い方、やめてもらえますかね!?」



 いい加減、うるさくて仕方なかった。

 そのため俺が手を止めると、カノンは涙声で訴えるのだ。



『ごめんなさい、リクさん! さっきイジったことは謝ります!! 地道に刈るよりも、何倍も効率のいい方法も教えますから!!』

「やっぱり、イジった自覚はあったのかよ。……それで、方法って?」

『うぅ、隠し通すつもりだったのに……』

「…………うん?」



 それでようやく手を止めると、聖剣は渋々といった様子で言う。

 そして、その直後だった。




「え……!?」




 聖剣――カノンから、見たこともない眩い光が発せられたのは。

 しかし目を覆いたくなる痛いものではなく、どこか温もりのある懐かしい輝きだった。それでも俺が思わず腕で顔を覆って、収まった時になって目の前にあったのは――。



「だ、誰ぇ……!?」

「……カ、カノンです!」



 カノンを名乗る見目麗しい少女だった。

 白磁のように美しい白の肌に、金色の長い髪と青の瞳。衣服としてまとっているのは、剣の柄の部分の意匠を模したワンピースであるようだった。スラリとした身体つきをした彼女は自身の髪先を弄りながら、恥ずかしそうにこう口にする。



「な、なにか言ってくださいよ……」

「いや……なにか、って言われても」



 俺はそんな彼女に対して、思わず気恥ずかしくなってしまった。

 そして、誤魔化すように訊ねるのだ。



「それで、方法って?」

「あぁ、それなら。アタシがこの沼に入って――」



 すると、そんなことを言うので。



「あ、なるほど。それ」

「……え?」



 俺はまったく迷うことなく、カノンを沼に叩き込むのだった。



 

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