2.聖剣:カノン。
「さて、ゴーナンが言っていたのはこの辺りか」
『それにしても、まさか自分から引き受けるとは思いませんでしたよ。魔族のリクさんが、いったいどうして人間の手助けなんてするんですか?』
いよいよ件のヌタクサ繁殖地へ。
そう思っているところで、カノンが不思議そうに訊いてきた。
俺はゴーナンから預かった地図を見ながら、聖剣の抱える疑問に回答する。
「いや、単純に濡れ衣は困るだろ。それに――」
『それに……?』
「……いや、いまはいいから。とりあえず、前に進もう」
『ほー……?』
「……なんだよ」
しかし適当に誤魔化すと、さすがにバレたのか。
カノンはどこか興味深そうに、どこか探るような声色でこう言った。
『もしかして、リクさんって……案外、お人好しですか?』
「な、お前……魔族相手に何言ってんだよ!」
俺が思わず言い返す。すると、どうやら図星だと感じたらしい。
聖剣はニヤニヤとした声で、さらにこう続けた。
『いやいや、良いんですよ? ただ……へぇ~?』
「こ、こいつ……!」
完全にこちらの反応で遊んでやがる。
しかも『お人好し魔族』などという『不名誉』な称号を擦り付けて!
「あのなぁ、これはあくまで――」
『……良いんじゃないですか?』
「え……?」
さすがに、我慢ならない。
そう考えて否定しようとすると、カノンは途端に口調を変えて言った。
『良いじゃないですか、お人好しで。自分のことが一番で、誰の意見も聞かずに突き進んだ挙句、誰かのせいにするバカと比べたら、いくらでも』――と。
その時、この聖剣が思い浮かべたのは誰なのだろうか。
それは分からないが、俺はつい口を噤んだ。
『さて、と! それなら、そんなリクさんのためにアタシも一肌脱ぎますか! ヌタクサが毒だというなら、カノンさんの力で浄化もできるでしょうし!!』
「お前は剣だから、一肌も何もないだろうって」
『果たしてそうですかねぇ……?』
「なんだそれ」
こちらのツッコミに、カノンはくすくすと笑う。
やけに人間臭い物言う剣を背に、自然と俺も口角を緩めるのだった。
◆
「――で、到着したわけだが」
『………………』
――ヌタクサ繁殖地。
本来は美しい湧き水でできた泉だというそこは、暗色の粘々とした草で覆われていた。その葉から滲み出ているのだろう泥のような液体は、見ているだけで不快感を覚える。
それをいかにして処理するか。
その方法について、先ほどカノンは何か言っていたが……。
『やっぱり、前言撤――』
「さーて! 早速、ヌタクサを伐採しますかー!!」
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?』
対象物のおぞましさを目の当たりに、聖剣は逃げようとした。
しかし、そこは有機物と無機物の差であろう。
俺はカノンをしっかり構えると、力いっぱいにヌタクサの茎に振り下ろした。
『いやああああああああああああああああああああああああああ!!』
そのたびに、聖剣は悲鳴を上げる。
『やめてえええええええええええええええええええええええええ!!』
俺はそれを無視し、粛々と作業を進めていく。
だが、しかし――。
『穢されるうううううううううううううううううううううううう!!』
「語弊のある言い方、やめてもらえますかね!?」
いい加減、うるさくて仕方なかった。
そのため俺が手を止めると、カノンは涙声で訴えるのだ。
『ごめんなさい、リクさん! さっきイジったことは謝ります!! 地道に刈るよりも、何倍も効率のいい方法も教えますから!!』
「やっぱり、イジった自覚はあったのかよ。……それで、方法って?」
『うぅ、隠し通すつもりだったのに……』
「…………うん?」
それでようやく手を止めると、聖剣は渋々といった様子で言う。
そして、その直後だった。
「え……!?」
聖剣――カノンから、見たこともない眩い光が発せられたのは。
しかし目を覆いたくなる痛いものではなく、どこか温もりのある懐かしい輝きだった。それでも俺が思わず腕で顔を覆って、収まった時になって目の前にあったのは――。
「だ、誰ぇ……!?」
「……カ、カノンです!」
カノンを名乗る見目麗しい少女だった。
白磁のように美しい白の肌に、金色の長い髪と青の瞳。衣服としてまとっているのは、剣の柄の部分の意匠を模したワンピースであるようだった。スラリとした身体つきをした彼女は自身の髪先を弄りながら、恥ずかしそうにこう口にする。
「な、なにか言ってくださいよ……」
「いや……なにか、って言われても」
俺はそんな彼女に対して、思わず気恥ずかしくなってしまった。
そして、誤魔化すように訊ねるのだ。
「それで、方法って?」
「あぁ、それなら。アタシがこの沼に入って――」
すると、そんなことを言うので。
「あ、なるほど。それ」
「……え?」
俺はまったく迷うことなく、カノンを沼に叩き込むのだった。
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