1.辺境伯の治める小都市、エルタ。








「――さて、と。そんなこんなで、エルタに到着と」

『リクさん。ここって、どんな街なんですか?』



 コンビを組んで数時間ほど歩くと、秀麗な意匠の施された街並みが見えてきた。

 比較的に魔物が少ない地域であることもあり、いわゆる城壁のようなものは見受けられない。それでも街の入口にはしっかり門番がいて、簡単な手荷物検査をされたりはした。

 それを終えて街に入ると、人前というのを気にしてか黙っていたカノンが訊いてくる。どうやら勇者たち一行は、この街に立ち寄らなかったらしい。



「ここは王都から派遣されたアルディオ伯爵が治める街で、聞くところによると『水の都』とか呼ばれてるらしい」

『ははー……水の都、ですか!』



 簡単な説明ながら、聖剣は興味津々の様子だった。

 俺も魔族領で噂程度にしか聞いていなかったが、たしかに街全体へ水が巡っているような造りになっている。一部の場所では舟を使って移動するようで、なかなか趣深い。

 趣深い、のだが――。



『ねぇ、リクさん?』

「……うん、どうした」

『なんか、濁ってません?』

「濁ってるな……」



 どういうわけか、最大の見物である水が泥のようになっていた。

 気になったので近場の水に触れてみると、しかも何やら粘り気さえある。流れないほどではないのだが、これではせっかくの景観が台無しだった。

 いったい、何があったというのだろう。



『えー……なんか、めっちゃテンション下がるんですけど。リクさん、もしかして現役時代に何かやらかしてましたか?』

「ヒドイ言い草だな。何もしてないよ」



 あまりに遠慮なしの言葉に、俺はツッコむ。



『だったら、どうしてこんなことに? せっかく観光できるのかな、って思ったらとんだ肩透かしですよ。これだったら、この街の価値なくないですか』

「それは言い過ぎだけど……まぁ、さすがに気になるな。調べてみるか」



 聖剣とは思えない砕けた態度だが、気持ちは理解できる。

 ひとまずのところは、事情を探ってみるべきか。そう思って、俺が――。



「あの、すみませ――」

「逃げろおおおおおお!! 魔物が攻めてきたぞおおおおおおおおおお!!」

「……ええ!?」



 近場の人に声をかけようとした時だった。

 出入口の方からきた男性が、物凄い剣幕でそう叫んだのは。

 振り返るとたしかに、いくつか魔物の気配を感じ取れた。しかしここは、先ほども言ったように魔物の被害が少ない地域のはず。だったら、これはどういうことか。



「どうなってる……?」

『やっぱり魔王軍なにかしてるじゃないですか! 卑劣! 嘘つき!』

「だから、何もやってねぇよ! ひとまず、行くぞ!!」



 だが、いまは考えるより先に事態に対処すべきか。

 そう考え直して、俺はカノンを手に門の方へと駆けるのだった。







「ありがとうございました。……旅のお方」

「いえ、これくらいなら別に問題ないですよ」



 街に迫ってきていたのは、下級の魔物であるコボルトだった。

 それくらいなら、さすがに俺とカノンの相手ではない。適当にあしらって退却させると、市民の代表だという男性――ゴーナンが声をかけてきた。

 眼鏡をかけた気弱そうな彼は、腰を低くしながら手を擦り合わせる。



「おお、それは何とも心強い」

「それより何があったんですか? ここは『美しい水の都』と聞いていました」



 俺はそんな彼に訊ねた。

 すると、



「えぇ、そのことなのですが――」



 重苦しい表情で、ゴーナンは困ったように言うのだ。



「実は南の四天王――悪逆のリクの手で、このようなことに」

「え……?」

「この都市の水の源、山の上流にヌタクサという毒草を繁殖させたのです」

「えええええええ……?」



 ――すみません。本人にまったく、身に覚えがありませんが。



『やっぱり、意外と悪人だったんです?』

「まったく記憶にございません」



 そんな俺の様子が、そんなにおかしいのか。

 カノンはどこかニヤけた口調で、小馬鹿にする感じで言った。



「いかがなさいましたか?」

「あぁ、いえ。何でもありません。ただ――」



 それを相手は不思議がったが、俺は適当に誤魔化し提案するのだ。





「少し、気になります。俺で良ければ調査に行きましょう」――と。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る