第10話 切り札の一つ


「つ、次は俺かな……やっぱり」


 そう言って前に出るダイラ。

 滅茶苦茶震えているし、戦闘にビビりまくってはいるのだが。

 相手として現れたのは、神官らしき人物。

 これは、あれじゃないか?

 攻撃の打ち合いにはならないんじゃないか? なんて思ったのも束の間。


「試合開始!」


「ホーリーレイ!」


 駄目でした。

 相手は速攻で光魔法の攻撃を仕掛けて来て、ダイラは防御壁だけ張って地面に蹲ってしまった。

 その魔力防壁にガツンガツンと攻撃がぶち当たるが……良かった、抜かれる雰囲気は無い。

 アイツは回復と魔法防御に関しては完成体と言っても良い。

 基本防御はトトンが、防ぎようのない全体攻撃なんかはダイラが。

 だからこそ、能力値だけで言えば安心出来るのだが。


「ク、クウリィィ……降参しても良いですか?」


「おっ前は……マジでゲームとリアルで性格が違うな……」


 ド淫乱シスターは、思い切り涙目で此方に訴えかけて来るのであった。

 いやまぁ、“リザレクション”とか使ったからもう評価は済んでいるのかもしれないが。

 それでも、イズとトトンが勝ったのだ。

 このまま黒星を上げさせるのは忍びない。

 というか、ダイラなら勝てる相手な気がするんだが。


「防御を全体に切り替えろぉ、ダイラ。そっちなら得意分野だろ」


「なるほど、コタツムリになれば良いんだね! “プロテクション”!」


 それだけ言って、周囲にドーム状の防壁を発生させた後。

 ダイラは本当に座り込み、はぁぁと安堵した息を溢した。

 コイツ、マジか。

 そんな態度取ったら、煽っているみたいに見られるぞ?


「そのふざけた格好と行動……神が許すはずもありません! “マジックミサイル”!」


 相手は叫びながら光魔法を行使するが、ダイラの防御に阻まれ見事消失。

 聖属性魔法と言うのは、基本的には攻撃に向いていない。

 防御や補助、治療なんかを主にしている属性であり。

 更に言うなら……ダイラの防御は、俺の魔法すらほとんど弾く。


「あ、あのぉ……多分無理ですよ? 俺、防御魔法と治療だけはマジで得意なんで。貫くのは、多分……その威力だと、余計に……」


「う、煩い! “ホーリーレイ”!」


「うひゃぁぁ! ごめんなさい!」


 驚いた声は上げるものの、ダイラが作った防壁は壊れない……どころか、傷一つ付かない。

 相変らずスゲェなぁ、何度のあの魔法防御に助けられた事か。

 役割り的に回復魔法もかなり特化してもらったけど、もはやこの面々では防御魔法の方が目にする事は多かった。

 後はバフ、とにかくバフ。

 実際問題、このパーティで死者が出る事の方が少なかったので。


「この淫乱売女が! とっとと死ね! 教会の名を汚すな!」


「クウリ! この人俺の事殺そうとしてる! ねぇコレどうすれば良い!?」


 ガツンガツンと魔法攻撃を受けているのに、余裕で守り切っているシスターが涙目で此方に助けを求めて来た。

 あぁもう、普段のアイツなら一気に反撃に転じただろうに。


「“ブレイク”と“放射”、多分ソレで十分じゃないか? 死ぬ心配も無いし」


「え、あ、うん。分かった。そっか、ノックバック狙いか」


 こちらの言葉に素直に従ったダイラが、今まで作っていた“プロテクション”を自ら砕く。

 その際チャンスだと思ったのか、相手は口元を吊り上げ隙間から攻撃しようとしてくるが。


「“放射”……」


 今までダイラを守っていた光の壁が、一斉に相手に向かって飛んで行った。

 ゲーム内では囲まれた時などに使用し、ノックバックのモーションが出ている間に脱出するというスキル。

 だったのだが……砕かれたプロテクションがぶつかると同時に、相手は吹っ飛んで行き会場の隅で防壁の欠片に押しつぶされていた。

 ……やっべ、コレは想定外。

 死んではないみたいだけど、初級スキルだったよな……コレ。

 いやそうか、リアルだったらノックバックだって十分な攻撃だよな。

 さっきのイズの戦闘で分かれよ、俺。


「わり、ダイラ。もうちょっと考えて指示するべきだった……解除してから回復で頼む……」


「す、すぐ掛ける!」


 状況を理解したのか、ダイラは慌てて相手に回復魔術を施していくのであった。

 これは、あれだな。

 レベル云々が無いとしても、やはり能力はカンスト組だと思ってよさそうだ。

 初級魔法でも相手を殺してしまいそうだし、派手なスキルなんぞ使えばイズみたいな結果になる。

 だとすれば俺は……。


「相当、生き辛い世界だなオイ」


 とにかくド派手で恰好良い魔法スキルを選び続けた俺にとって、ココは地獄だと言えるかもしれない。


 ※※※


「皆、素晴らしい実力だと分かった」


「あぁ~であれば、ここで終わりって事には」


「まだ、君の戦闘を見ていない」


 支部長が、長剣を抜き放って正面に立った。

 あぁ、こうなるのか。

 なりますよね、実力テストだもんね。

 思い切り溜息を溢してから、フル装備の俺は両手を上げた。


「何のつもりだ?」


「降参します。だから勝負は終わりって事にしません?」


「いったい何を考えている? 先程の魔術だって凄かったのだ、戦えない訳ではあるまい」


 相手は不機嫌そうに、更には“殺気”とも呼べそうな気配を向けてくる訳だが。

 はっきり言おう、俺はこのゲームにおいて“やり過ぎた”のだ。

 正直、他の皆より酷い。

 通常攻撃でさえ、かなりの威力が叩き出せる程に課金して能力や装備を弄った。

 度々ボーナスの全額を突っ込んで、皆からドン引きされたのも今では懐かしい。

 そこまでして金をつぎ込んだ結果。

 難関ダンジョンやイベント戦に参加して、やっと全開で戦えるような状態。

 俺が一番多かった役割は、大量の敵が出て来た瞬間に初手大火力の“ぶっ放し”。

 リキャストタイムを調整しながら、いくつもの広範囲魔術を使いまわしていくという戦闘スタイル。

 そしてこういうゲームでは、威力を上げる調整は出来ても下げる事が出来ない。

 普通は敵に囲まれた時の守りだとか、近づかれてしまった時の対処とか、色々考える事は多いのだが。

 仲間が常にいる事を前提に、このキャラを作った。

 だからこそ、完全攻撃特化に仕上げた魔術師。

 範囲殲滅戦に得意とする、“戦争以外不向き”とも言える術師。

 だからこそ、個人を相手にするは不味い。

 しかも試合ともなれば、余計に。

 一歩間違えれば、とかそういうのじゃないのだ。

 確実に相手を殺してしまって、ダイラでも蘇生が間に合わないくらいに無に返してしまう。

 それくらいヤバイ魔法ばかりが、俺の手にはあるのだ。


「情けのつもりか? それともそちらのシスターがそろそろ“蘇生魔法”を使えなくなったか? しかし、この程度の危険。冒険者や兵士では日常茶飯事だ。弱い者から死ぬ、当たり前の事だ。だからこそ、本気で来い。テストのつもりだったが、正直……どれ程の力を持っているのか興味が湧いた」


 そういって、支部長は剣を構えた。

 本気で来い、ねぇ。

 相手の言う事からするに、この世界での戦闘員ってかなり命の価値低いのね。

 そしてこれまでの戦闘を見てもソレが言えるって事は、多分この人滅茶苦茶強いのだろう。

 特別な魔法防御や、特殊条件付きの相手なら分かる。

 俺の魔法を無力化するとかって状況なら、この自信満々な態度も頷けるのだが。

 でも彼は、多分そうではない。

 相手が分かっていないだけ、理解出来ていないだけ。

 ソレを分からせる為に、俺達は“試合”をしている。

 でも、それでさえ相手を殺してしまう可能性があるのなら。


「デモンストレーションだ、支部長。これから俺は空に向かって魔法を放つ、耐えられると思ったら試合開始を宣言してくれ」


「……何?」


 不思議そうな視線を向けてくる支部長を他所に、空に向かって杖を構えた。

 魔力の扱いとやらは、未だに分からないが。

 それでも杖に向かって体中から力が集まっていくのが分かる。

 更にはアクセサリーの類を輝き始め、角や翼。

 そして俺の身体まで薄っすらと光り始めた。


「あぁ、これは……駄目だな」


「み、見た目だけでへし折りに行ったね……」


「うっひゃぁ、派手なの使う気だねぇ。いけいけクウリー!」


 仲間達の声を聞きながら、空に向かって魔法を発動させる。

 この攻撃もまた、俺の切り札の一つ。

 それを今、この場で発動する。

 特殊条件を達成しないと習得できない闇魔法。

 その全開火力を、見せてやろうではないか。

 とりあえず言える事は、天井の無い施設で良かった。


「“デウス・マキナ”」


 俺の後ろから機械人形とも言える巨大で武骨な分身体が現れ、ソレは頭上に向かって口を開いた。

 放たれるのは……これまでのどの魔法よりも強力で、極太のレーザー。

 眩い紫の光を放ちながら、空にあった雲に大穴を空けていく。

 そして、しばらくして光が止んでも俺の背後に現れた人形は消えない。

 ゲーム通りならこのまま一分間、俺の従者として相手を攻撃し続けるのだ。


「あぁ……神よ」


 支部長の嘆きが聞えた。

 ちゃんと戦意は奪えたのか、絶望した顔で空を見上げている。

 それくらいに、ヤバイ魔法なのだ。

 それぞれの職業に、“奥義”という特殊スキルがある。

 これもその一つ。

 簡単に言えば、このメンバーの中で俺が一番実力を隠さず“やらかした”結果になる訳だ。

 だが注目を集めてしまうなら、ターゲットは俺がなれば良い。

 そうすれば仲間達は多少自由が利くようになるだろう。

 と言う事で、翼を広げ。

 クククッと不敵に笑いながら、相手を見つめてみれば。


「この一撃に耐えられる自信があるなら、勝負しますよ」


「……すまない、降参しよう」


 相手は、素直に負けを認めてくれるのであった。

 完全勝利! と喜べれば良かったのだが。

 流石にそうはいかないだろう。

 思わずため息を溢しながら、スキルの発動を停止させる。

 高ランクのスキルは停止も自由が利いて、非常に便利なのだ。

 但し、馬鹿みたいにMPを喰うし……対価として、特殊なアイテムを必要としたりもするが。

 だがしかし、無理矢理にでも笑みを浮かべた。


「俺の勝ちです、支部長」


「あぁ、私が立ち会っても……間違いなく勝てない術師だな。見事だ、クウリ」


 その言葉を聞きながら、フラッとよろけてしまった。

 あぁクソ、“コッチ”では魔力が少なくなるとこうなんのか。

 大技は一発でMPを空にする攻撃だってあるのだ。

 だったらもっと、気を付けないとな。

 ガチで魔力切れになったら、普通に意識飛びそうだ。

 なんて事を思いつつ、仲間たちに支えられるのであった。

 あぁもう、どいつもコイツも男だってのに。

 妙に柔らかい感触残しやがって。

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