第9話 トトンにお任せ!


 何が起きたのか、全く分からなかった。

 イズと呼ばれている女性の姿が消えたかと思えば、用意した冒険者が動きを止めた。

 しかし、気配で分かった。

 その瞬間、彼が死んだのだと。

 ゾッと背筋が冷たくなったのを感じたが、それ以上に意味の分からない事が続くもので。

 あの淫乱……ではなく、物凄く性的な格好をしているシスターが魔法を行使してみれば。

 空からは光が降り注ぎ、彼の事を治療し始めた。

 死者に対して、治療? とは思ってしまったが。

 瞬時に、空気が変わる。

 冒険者が息を吹き返したかのように、しっかりと気配を感じるのだ。

 しかも彼女は、魔法を行使する際に“リザレクション”と言ったか?

 それは何人もの神官を用意し、上級の者が彼等の魔力すらも使ってやっと行使できる程の奇跡。

 死者蘇生とも呼ばれる、最高峰の回復魔術。

 そんなモノを、個人で使用したのか?

 もはや顎が外れる勢いでかっぴらき、彼女達の事を眺めていたが。


「敵味方関係なく奪う! 空間拡張、広域化! “ドレイン”! 周りも燃えてくれるなよぉ!?」


 リーダー格の少女が飛び出し、相手に魔法を重ね掛けしているではないか。

 しかも、使っているのは闇魔法。

 信じられない程広範囲を包み込み、まとめて魔力を奪っている様だが……何故だ?

 もう勝負は着いた、だからこそこれ以上手を加える必要など無いと思うのだが。

 そんな事を思っていれば、彼女が魔法を使った範囲外からは……地獄の業火とも言えそうな火力で炎が立ち上った。

 こ、これはいったい……。


「イズ! せめてアクセだけでも外して威力下げてくれ! 斬る度に大炎上じゃ後始末の方がヤバイ事になっちまう!」


「す、すまないクウリ。完全に失念していた……それから、異世界二日目にして殺人を犯してしまった……」


 そんな会話をしながら先程の戦士が震える手で籠手を外し、指輪の類を取り去って行った。

 まさかこれは、見えない斬撃の追加効果?

 だとしたら、例えリザレクションを掛けられたとしてもその後燃え上がり、再び彼は死を迎えただろう。

 更に言うなら、肉体が灰になってしまえば蘇生は出来ない。

 つまりあの角と翼の生えた少女は、ソレを阻止する為に“ドレイン”を使ったと言う訳か。


「な、なんという……連携というか、尻拭いというか」


「ここまで強力なパーティは見た事がありませんね……人間離れした凄い人達は確かに居ますけど、ここまでの光景は初めて見ました……」


 受付嬢と共に、唖然としてしまった。

 しかしコレなら、確かにあの魔石の量も頷ける。

 彼女達がココのギルドに所属してくれるというのなら、今後もの凄い事になるかも――


「よっしゃぁ~次俺なぁ? 今回何もしてないし、いいっしょ? クウリ」


「ハァァ……もう疲れたから、好きにしてくれ」


 もう十分な気がしなくもないが、彼女達はまだまだやる気の様だ。

 驚異的な攻撃を繰り出した魔法剣士の前衛、死者蘇生さえ可能にする回復術師。

 更にはあの範囲の魔力を一挙に吸収した魔術師。

 だが、しかし。

 もう一人残っているのは確かだ。


「どうしますか、支部長」


「決まっている。全員の実力を見たい」


 そう宣言し、彼女達には少し待ってもらう様に交渉し始めるのであった。

 流石に今しがた“死”を目の当たりにした者達では、荷が重いだろうからな。


 ※※※


 クウリから許可を貰ったので、意気揚々と会場の真ん中まで歩いたのに。

 お相手から「待て」が掛かってしまった。

 そんな訳でぼけーっとしながら待っていると、やがて。


「おんや、俺の相手はおっちゃんかな? よろしくー」


「支部長が大慌てで呼びに来るから何かと思えば……こんな小娘の相手とはのぉ」


 相手はでっかいハンマーを持っている、パーティの中でも背が一番小さい俺と同じくらいありそう。

 お相手さんも身長は低めだけどガッチガチの筋肉。

 多分、ドワーフってヤツなのかな。

 ニッと口元を吊り上げてから、俺も自らの装備を整えていく。

 さっき大豆豆……じゃなかった。

 イズがやらかしたばかりだから、追撃効果のある装備は避けて。

 アクセの類も全部外してしまった方が良いだろう。

 本気でやれって言われたけど、こうしないと後でクウリに怒られそうだし。


「トトン、分かってんな?」


 ほら、やっぱり。

 物凄く心配そうな目をしながら、クウリが声を掛けて来た。

 俺にとってのクウリは、ネトゲ友達で、全部を教えてくれた人。

 更には初心者の俺に、最初から最後まで付き合ってくれた相手。

 だったら、期待には答えたいじゃないの。


「オッケークウリ、ヤバい事にならない程度にぶっ飛ばして来るよ!」


「わり、頼んだ。さっきみたいな事にはしないでくれよ?」


「トトンにお任せ。あえて無属性を選んだ理由、知らしめてやるからさ」


 そう言って微笑み、両手にデカイ盾を構えた。

 このアバターからすれば、それこそ身の丈ほどもありそうなデカイ盾。

 でもコレが、俺にとっての役割りなのだ。


「ほぉ、武器は持たんのか?」


「ご心配なく~。てか、おっちゃん相手にイジメちゃ可哀想だし。これでも年上は敬うんだよね、俺」


「言うのぉ、小娘が」


 そんな会話の後、試合開始の合図が響いた。

 その瞬間飛び出し、相手に向かって突っ込んでいく。

 いつも通りで良い、いつもと同じだ。

 俺は誰よりも前に、誰よりも速く飛び出し、全部の攻撃から仲間を守る。

 反応速度なら、自信あるんだぞ?


「真正面からとは、大したもんだのぉ嬢ちゃん! しかし、受けられるか!?」


 相手のドワーフがデカイハンマーを振りかぶって、思い切り此方に向かって降り下ろして来た。

 あぁ、遅いなぁ。

 イズの剣や、クウリの魔法と比べると……欠伸が出そうだ。


「ほい、“パリィ”っと」


「んなっ!?」


 ドワーフは随分と驚いた顔を浮かべているけど……弱いなぁ。

 全然だよ、本当に。

 しかも攻撃を盾で弾かれた瞬間、武器さえも手放すとか前衛の名折れでしょ。

 こんな事考えちゃうのも、皆が言っていたアバターの影響って奴なんだろうけど。

 後方に吹っ飛んで行ったハンマーを見つめながら、静かにため息を吐いた。


「取って来て良いよ、おっちゃん。待ってて上げるから」


「き、貴様……」


「それとも、このまま盾で殴り殺されたい?」


「……チィッ!」


 思い切り舌打ちを溢し、彼は吹っ飛ばされた武器の元へと走った。

 俺が特化させた能力、物理防御と反射。

 全体攻撃が来るような場面では、ダイラの魔法防御に頼るけど。

 相手が物理なら、これで十分。

 そして反射、こっちはもっと簡単。

 ゲームでいうなら“ジャストガード”というダメージゼロで防ぐ能力よりも、さらに短いタイミングでスキルを放つ。

 それこそコンマ何秒って世界だが、俺は結構そういうのに慣れている質だ。

 パリィ不可な攻撃じゃない限り、全部これで攻撃がキャンセル出来る。

 しかも隙も作れる。

 そうすれば、クウリとイズが殲滅してくれる。

 もしも失敗しても、ダイラが治してくれる。

 だから強いんだよ、俺たちのパーティは。

 誰も彼も、他の奴等では敵わない“特技”を持っているから。

 俺は、このパーティが大好きだ。

 皆凄いし、俺の事も凄いって褒めてくれる。

 更に言うなら、クウリは何を相談してもちゃんと答えてくれるし。

 普通なら御法度かもしれないけど、リアルの事だって相談に乗ってくれた程だ。

 だから付いて行った、ずっと一緒に居た。

 このゲームが終わっちゃうんだって知った時には、皆にリアルの連絡先を聞いたくらいだ。

 それくらいこのゲームに、皆に依存していた。

 リアルの俺には何もないから、誰も期待しないから。

 だから、皆から信頼を寄せてもらうのが気持ち良かったのだ。

 俺は、ゲームの中なら凄い奴になれる。

 だったら。


「掛かって来なよ、ドワーフ。そんな軽い槌なんぞ、何発打って来ようと意味無いって教えてあげるから」


「言ってくれるな、小娘……」


 そんな訳で、本格的に戦闘が始まった訳だが。

 やる事はさっきと変わらない。

 相手が攻撃して、俺が弾く。

 本当にソレだけ、こちらから攻撃はなし。

 攻撃を試すのなら、モンスター相手の方が都合も良いだろう。

 一発殴ったら死んじゃいました、というのは流石に勘弁なので。

 などと考えながら相手が五十程撃ち込んで来た所で、おっちゃんが息を荒げて膝を着いた。


「わ、儂の負けじゃ……全く通る気がせん」


 いぃぃよしっ!

 コッチは手を出さない様にして、ちゃんと相手は生きたまま降参してくれた。

 イズの戦闘を見て、攻撃スキルはヤバイってのは分かっていたので。

 これはもう、大勝利と言って良いだろう。


「クウリィィ~! “普通に”勝ったよぉぉー!」


 喜びのあまりブンブンと手を振り回してみれば。

 彼は……いや、今は彼女か?

 随分と優し気な微笑みを浮かべながら。


「よくやった、トトン。お前やっぱすげぇわ」


 俺の言って欲しい言葉を、全部言ってくれるのであった。

 普段からマジで優しい兄ちゃんって感じだったのだが、今の見た目であの微笑はズルいわ。

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