第44話 お伽噺の記憶②




 皆で集まって話し合いが行われ、紅の民から提案があった。

 紅の民は当時、魔法力の強い集団であった。

 森の黒狼や精霊とも通じ、人というよりは精霊のたぐいに近かったかもしれない。

 当時の紅の民の長は言った。

 血の剣ブラッドソードを作る力を応用し、民の力を合わせて瘴気を結晶化させる魔石を作ると。

 魔石は瘴気を吸うと瘴気自体を結晶化させ無効にするという。

 瘴気が強ければ強い程、魔石自身がそれをエネルギーに結晶化を広げるのでいずれ瘴気は治まるだろうとの事だった。

 瘴気がなくなれば、集まっていた魔物もいなくなるだろう。

 ただ、瘴気を確実に結晶化させるためには、より瘴気の強い瘴気の吹き出している中心で魔石を使う必要があった。

 瘴気溜まりは魔物で溢れており、しかも瘴気自体が人にとっては毒になる。

 魔物の群れをくぐり抜けて、瘴気溜まりで魔石を発動し、尚且つ戻ってこられる人物――


 アルフォンスは当然のごとく自分が行くつもりだった。

 きっと周りもそれを期待していただろう。誰もがそうなるものと思っていた。

 だが、アルフォンスが言葉を発する前にガヴィがすっと手を上げた。

「俺が行く」

 周りがざわつく。

「ガヴィエイン殿が? いや、しかし……」

「いや、ガヴィ。俺が行くよ」

 お前はここで待っててよ。そう言うアルフォンスの頭をガヴィは親指と人差し指で弾いた。

「いたっ!」

「馬鹿かお前は。国のリーダーがホイホイ最前線に出向いてんじゃねえよ」

 自分の立場をそろそろ考えろや。

 アルフォンスは不満そうに弾かれたおでこを擦る。

「剣の腕だけなら俺の方が上ですし?

 なんかあるわけもねえが、今お前に何かあったら国は総崩れだ。だから俺が行く」

 ガヴィがそう言うと周りから、確かに……それはそうかという声が上がる。

 それでもアルフォンスはまだ不満そうだった。

「それは、そうだけど……でもガヴィ、お前、最近飛び回ってばかりじゃないか……俺は心配なんだよ」

 本気で心配しているアルフォンスにガヴィの心はチクリと痛む。

 それはそうだ、色んな仕事を請け負って飛び回っているのも、この任務を受けるのも、本当はここに居たくないから。

 そんな事をガヴィが思っているなんて、きっとアルフォンスは夢にも思っていない。

 アルフォンスの心配をよそに、ガヴィが瘴気谷に行くことに反対する者は誰もいなかった。

 準備は着々と進み、紅の民達による魔石も完成した。

 瘴気谷から溢れる瘴気の量が尋常ではないので、魔石は紅の民の総力を結集した物になった。

 近しい過去にイリヤを失っている紅の民は、もう一族の誰も失うことはできないと、細心の注意を払い、力のある者が集まって自分のできるギリギリの魔力を使った。

 命を失うものは誰一人としていなかったが、魔石が完成した時には紅の民達は疲労困憊であった。

「いいか、ガヴィエインよ。魔石を発動したらすぐに結晶化が始まる。結晶化に巻き込まれぬようにすぐに其の場を去れ。さもなくば命を落とすぞ」

 お前のことだから問題はなかろうが。

 床に就いたままの体制で長に石を渡される。

「ん。任せておけよ」

 ガヴィは力強く魔石を受け取った。


 魔石は完成したが、問題はもう一つあった。

 瘴気は魔物には力になるが人間には毒にしかならない。

 長時間瘴気を吸い込めばそれだけで死に至ってしまう。

 紅の民が万全の状態であればまだ策をこうじることができたかもしれないが、魔石を作る為にかかりきりだった紅の民には瘴気対策まで手が回らなかった。

 魔石作りに関わっていない者で対策が取られ、瘴気除けの魔法を染み込ませた布を用意した。

「残った我々ではこの程度の事しかできませんでした。効力は一時間程度です。瘴気谷討伐の参加者全てに用意するとこれが限界です」

 もし、一時間以上かかりそうなら、迷わずに一時撤退して下さい、と念を押された。


 これで、いよいよ準備が整った。


 瘴気谷討伐隊は、ガヴィを隊長に明朝出発する事となった。



 暁の薄闇の頃、建築中の城の足場から辺りを見渡す。ゆっくりと東から朝日が顔を出し始め、ガヴィは目を細めた。

「ガヴィ!」

 下からアルフォンスが慌てて走ってくる。

 ガヴィは軽い身のこなしで足場から飛び降りた。

「……お前は! 挨拶もなしに行く気だっただろ!」

 余程慌ててきたのだろう、服のボタンが数箇所とまっていない。

「こ、こんなに早く出発するなんて、聞いてない……」

「善は急げって言うだろ?」

「急げばいいってもんでもないだろうよ……」

 もう、と息をなんとか整える。

「……気をつけろよ、本当に」

 心配が滲む声色でアルフォンスが言う。

 ガヴィはアルフォンスの不安を吹き飛ばすように明るい声で返した。

「誰に言ってんだよ! さっさと行って、すぐに帰るさ」

「うん……」

 どこか不安げにアルフォンスは曖昧あいまいに笑った。


 日が、昇ってくる。

 朝日は二人を照らし、後ろに影を作った。

 厩舎の方から討伐隊に参加する兵士が「ガヴィエイン殿ー!」と呼んでいる。

 ガヴィは「じゃあ行くわ」と軽く手を挙げてアルフォンスの隣から歩き出した。

「気をつけて!」


 この時点では、ガヴィもまさかこれがアルフォンスとの最後の別れになるとは、夢にも思っていなかった。



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