第43話 お伽噺の記憶①
パチパチと火のはぜる音だけが聞こえる。
イル、ガヴィ、ゼファーの三人は、水晶群から少し離れた場所で
長いこと沈黙していたガヴィが、ぽつぽつと話し始める。
「――お
そもそも、魔王なんていやしない。
俺たちは、住んでいた土地を侵略してくる支配者に立ち向かっただけだ。
それが、いつの間にか魔王を倒したって話になってる。まぁ、昔話あるあるだよな。
そう言ってガヴィが笑う。
まぁでも、たった三人の子どもが権力者に立ち向かうのは
最後は本当に、もう駄目だと思った。
創世記にあるように、
結果、ガヴィ達は勝利を手にした。
侵略者を退けた後、これからどうするかという話になり、
「別に国を作っていくのが嫌だったわけじゃない。ただ俺は、国がどうって言う事じゃなく、アイツが……イーリャが笑っていられる場所を守りたかっただけだったから」
紅の民の娘の名をイリヤと言った。
のちに初代国王になる少年、アルフォンスとガヴィエインは同じ村の出身で、ノールフォールの森も村に近かったため、三人は本当に幼い頃から仲が良かった。
しかしいつまでも幼いままではいられず、年を重ねて青年と呼ばれる歳に近づくと、幼馴染と言う関係のままではいられなくなるのが男女と言うものだ。
ガヴィエインはイリヤに対して特別な思いを抱いていた。
「でも俺は、自分の気持ちを伝える気はなかった」
「……なんで?」
「……そりゃ、イーリャがアルを好きだったからさ」
アルは、アルフォンスってやつはさ、絵に描いたようないいヤツなんだよ。
器用で、剣の腕前も強くて、それでいて優しくて気が利いてよ。
それこそお伽話の王子様そのまんま。ダメなところなんて何にもない。ちょっと抜けてるところもあったけど、それはそれで可愛げがあるよな。だからイーリャが好きになるのは仕方がない。必然だよ。
俺は、自分の想いが成就することがないのは解っていた。だから、ただ、イーリャが幸せになってくれればいいと思っていたんだ。
けれど、お伽話のように、お姫様と王子様が結ばれて、めでたしめでたしとは現実にはいかなかった。
アルフォンスはイリヤの気持ちに気付くことはなかったし。ガヴィもイリヤに自分の気持ちを言う事はなかった。
そして、誰の想いも成就されないまま、イリヤはアルフォンスを守って逝った。
「……」
イルは言葉にならなかった。創世記の物語の後にこんな続きがあったなんて。
「それでも、イーリャが守ったこの国とアルを、俺は支えていくつもりだった」
しかし、時は流れる。
いつまでも思い出や過去に浸ってはいられない。
朧気ながらも国としての形が出来上がってきて、みんなが活気づいていた頃、アルフォンスが紹介したい人がいる、とガヴィに言ってきたのだ。
アルフォンスは言った、一番の親友のお前に、真っ先に紹介しないといけないと思ったと。
アルフォンスは未来へ繋ぐため、イリヤの想いも知らないまま伴侶を見つけて結婚すると言ったのだ。
「……人の気持ちをどうにかすることはできない。解っていた。どうしようもないってことは」
アルが悪いわけじゃない。それは解ってる。
いつまでも死んだ人間の気持ちがどうのって言ってないで、前を向いた方がいいに決まってる。
……けれど俺は、どうしても気持ちが着いて行かなかった。
「イーリャは何のために死んだのか……。
俺は、アイツのいない世界で何を守ろうと思っていたのか……解らなくなっちまった」
アルの強さが眩しくて、苦しかった。
彼の生き方が正しいと思うのに、おめでとうの言葉が出てこない。
先に進んだら、イリヤの存在が消えてしまうような気がした。
アルの、屈託のない笑顔がガヴィの心に黒いインクを落とした。
ここにいたら駄目だ。
こんな気持ちでは、いつか全てをアルにぶちまけて関係を壊してしまいそうだった。
しかし、その頃すでにガヴィは建国の中心人物であり、とても国を出たいと言える雰囲気ではなかった。誰もが国の建国に向けて盛り上がっていた。
そんな時だ。
「西の地で、魔物を呼ぶ
イルもゼファーも話の核心に近づいてきたのを感じた。二人の知っている単語が出てきたからだ。
瘴気とは、人には毒になるが魔物が好む霧の様な物で、稀に地面の亀裂等から自然発生する。
大概はしばらくすると自然に収まり、瘴気を好んで集まってくる魔物も散っていくのだが…。
「西の谷に発生した瘴気は尋常な量じゃなかった。終息する気配もなく吹き出し続けて、谷にはどんどん魔物が溢れた。……人的被害も多発して見過ごせなくなってきたんだ」
はじめは周辺の村付近に沸く魔物を討伐していたが、だんだんそれだけでは追いつかなくなってきた。
そしてついに、溢れた魔物の群れに襲われて小さな村が一つ壊滅した事により、どうにかしなければならないと言う事になったのだ。
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