第41話 西の谷へ




 三人は一旦地下の隠し部屋を出て、イルの部屋に戻ってきていた。初代国王の日記を持って。

「……ガヴィは今外出届けを出して出かけている。調査の為、と書類には書かれていたが……」

 適当な理由を書いて調査に出かけることは今までにもあったらしい。しかしいつもは詳しい内容をゼファーには口頭で伝えていたので良しとしていた。

 書類を受け取った係の者はいつもの事だと思い通常通り受理していたのだが、今回はゼファーには何も報告はない。

「書類には一週間ほどと書かれていたがね」

「じゃあ、来週には帰ってくるんですね?」

 ホッとした様子でそう言うイルに、珍しくゼファーが気まずげな顔をする。

「まあ……多分。

 ……実は昨日、彼をぶん殴ってしまったからね。そのせいもあるかもしれない」

 イルは目を丸くした。

「え?」

 今、ゼファーはなんと言った?ゼファーの口からは全くそぐわない言葉が出てきた気がする。いまいち理解できていないイルに、ゼファーは軽く咳ばらいをしながらもう一度言う。

「うん。君への対応に余りに腹が立ったからね、一発殴らせてもらった」


 君の代わりに。


 そう言って、拳を握るゼファーにイルは二重に驚く。

「グーで殴ったんですかぁ?!」

 焦るイルをよそに、先程の気まずい様子も何処へやら。にっこり笑って「そうだよ」と開き直って答える。まあ、吹っ飛んだよね、と続けて言うゼファーにイルは青くなった。


 この人、怒らせたらいけない人だ。


「頭を冷やしてくると言っていたから、しばらく放っておこうと思っていたんだが……」

 そう言いながら日記のページをめくる。

 日記には、国造りの事や、日々の何気ない出来事が度々綴られていた。

 本当に個人的な初代国王の日記らしい。

 そこから垣間かいま見えたのは、国王というより、自分達と同じような普通の青年の姿。

 建国当時であれば、初代国王だって元はただの平民であったのだから当然なのだが、自分達にとって御伽話おとぎばなしのようになっていた初代国王が泣いて笑って、自分達と同じ様な暮らしをしていた事が新鮮に映る。


 ガヴィエインと呼ばれる少年の名前は国王の日記の中に度々出てきた。

 彼は五百年前の戦いの後、いさかいを収めに行ったり、資材を揃えに遠出したりと国をあちこち飛び回っていたようだ。

 国王の日記からは臣下というより親しさを感じる。

 まるで仲のいい友だちだ。

「もしかして……ここに出てくるガヴィエインって……創世記に出てくる幼馴染の剣士……?」

 ゼファーも王子も思っていた事をイルが口にした。

 彼の剣の腕がたくみな事、時々無茶をして国王を心配させる事、昔からあいつは……等と付き合いが古い事などが時々書かれていたからだ。

 そして、たまに書かれる、彼の愛称なのだろう……ガヴィエインではなく、『ガヴィ』の文字。


 イルは胸が締めつけられた。

 もはやガヴィエイン=ガヴィなのは疑いようもない。

 日記が指し示す特徴が似すぎている。


「なんでガヴィはぼくたちの時代にいるの?」

 王子の疑問に、二人もそう思いながらページをめくった。



 ――○月■日――


 明日ガヴィエインが瘴気谷しょうきだにの討伐に行くと言う。

 俺も行くといったが断られた。そりゃ、ガヴィの事だから問題ないのは解っているが、あいつ近ごろ飛び回りすぎてやしないか?


 帰ってきたらちょっと話をしようと思う。



 次のページをめくる。

「!」

 三人は息を呑んだ。

 次のページには、何も書かれていなかった。

 と言うより、書こうとして書けず、グチャグチャとペンで書きなぐったような跡。紙もよれて、濡れたのかインクがにじんでいる箇所さえある。

(………涙の、跡……?)

 ぐちゃぐちゃに消されたページには、かろうじて『なぜ』とか『どうして』の文字。

 間違いなくこの前後に何かあったのは明白だった。

 日記は、そこから何も書かれてはいなかった。

「……この日、ガヴィに何かあったのは間違いなさそうだね」

 ゼファーが呟く。

「何があったのかな?」

「どこかに出かけるって書いてありましたよね。……瘴気谷しょうきだに?」

 何それ。と王子の方を見たが王子は左右に首をふる。

「ゼファー様は解ります?」

「いや……私の知る限りでは瘴気谷という場所に聞き覚えはない。ただ――」

 記憶のどこかに引っかかる。

 ゼファーは頭を回転させて記憶を辿る。

(瘴気谷。五百年前の人間がどうやって現代に来られた?ガヴィと初めて会った時、彼はどうしてた?)


 水晶に囚われていた魔物。突然現れたガヴィ。

 そう言えば、あの時鮮やかに魔物を倒したのに、すでにガヴィは傷だらけだった。


「―――水晶谷か!」


 ゼファーの発した名称に、三人で顔を見合わせる。

 ガヴィが創世記の剣士、ガヴィエインであるなら。

 現代に時を越えて現れたのではなく、その時を止めていたのだとしたら?

 水晶に囚われていた、いにしえの魔物の様に。


「ゼファー様! 私、水晶谷に行く!」


 そこに行けば、ガヴィに会える気がした。



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