第33話 創世祭①
結果的に言うと、外出の許可は下りた。
行き先がガヴィの私邸であるし、いつもは最低限の屋敷の警備を増やし、ガヴィがイルの滞在期間中屋敷を離れないという条件で話は落ち着いた。
イルは晴れて、久々に城外に出る権利を得たのであった。
カラコロと回る車輪の音を聞いているだけで心が踊る。
イルは馬車の窓から飛び出しそうな勢いで窓の外を眺めた。
「……ちょっと落ち着けよ」
向かいに座るガヴィが呆れて何度目かのため息をつく。
しかし今日のイルにはガヴィの嫌味もどこ吹く風だ。
車窓からガヴィの屋敷の門柱が見えて来た時はもう嬉しくて仕方がなかった。
黒いアイアンの門をくぐり馬車が屋敷の前に止まる。
普段は使用人も殆どいないレイ侯爵家なので、帰宅した際には自分で玄関の扉を開けていたが、今日は玄関前にすでに執事のレンが待っていてくれた。
はやる気持ちを抑えながら馬車を降りる。
「お帰りなさいませ、ガヴィ様、イル様」
微笑んで頭を下げるレンにイルは「ただいま! レン!」と飛びつく。
レンはいつものように執事としての職務を全うしようと思ったが、イルの元気な顔を見るとたまらずぎゅっと抱きしめ返した。
「……よく、ご無事で戻られました。
また、イル様にお会いできて本当に良かった」
微かに震える声に胸が熱くなる。
イルはえへへと泣き笑いの顔でまたよろしくねっとレンの腕に巻き付いた。
「……では、ご滞在は一週間ほどで?」
荷物を受け取りながら確認する。
「おお。俺と一緒に行動するのが外出の条件だからな。まだやり残した仕事もあるし、来週には城に戻る。今回はアイツの息抜きもかねて取り合えず一週間の許可が下りた」
アカツキの姿でゴロゴロしたいんだとよぉ! とガヴィに言われてレンは笑いを隠せなかった。
屋敷の中に入った途端、あっという間にアカツキの姿に変化して、庭に走っていくイルを見送ったばかりだったからだ。
「アイツ、俺に品がねぇとかデリカシーがねえって言うけど、これはどうなんだよ?」
床には抜け殻となったイルの服。
レンは笑いをこらえながら丁寧に服を拾い上げる。
「背伸びしてっけど、こう言うところがまだまだガキだよなぁ?」
苦笑いしているが、その声色は思いの外穏やかな主人に、内心おや? と思う。
「……楽しそうですね?」
「あん?」
含んだ言い方の問いかけに、ガヴィは笑って答えた。
「……なんつーの? アイツ、本能のままに生きてるみたいなとこあるじゃん。黒狼の血が強いのかねー。……自由だなーと思ってよ」
見てるとなんか気持ちよくならね?
主人にそう言われて、レンは確かにと思うしかなかった。
ガヴィの屋敷の外には城からの警備が増やされたが、屋敷内はいつも通りであったので、イルは気兼ねなくアカツキの姿になり、予告通り庭を走り回ったり芝生の上で寝転んだりして過ごした。
(ガヴィのお屋敷って本当に気持ちいい――)
おおい茂った庭木からこぼれ落ちる光。
そよぐ風。
テラスから差し込んだ光がガラス戸を抜けて、部屋の床をユラユラと照らすのも好きだ。
どちらかというと粗暴な言動からは想像の出来ない佇まいの邸宅だ。
城にいる時はいつもイルと軽口を叩き合っているが、こうやって私邸にいる時は意外と無口だと思う。よく外のテラスのソファに座り、意外にも本を読んでいたりする。
以前何を読んでいるのかと、アカツキの姿でチラリと本の背表紙を盗み見ると、まさかの詩集だった事があり、ビックリたまげてしまった。
その時は、あまりに驚き過ぎて聞くことができなかったけれど。
(ガヴィって……よく解んない)
口は悪いし、面倒な事はすぐに
イルの扱いは出会いがあれだったので雑だが、よくよく見ているといつも乱暴なわけではない。
国王一家には勿論だが、意外にも侍女や周りに声をかけたり気を使っているのが伺える。
気は使えるが、まどろっこしいのが嫌いなんだなと段々解ってきた。
そう言えば、友達の為に侯爵をしていると言っていた。
ガヴィの交遊関係はイルが見ている限り広くなく、城にいる時は仕事以外、ほぼゼファーとしか一緒に居るところを見たことがないし、屋敷に誰か訪ねて来たこともない。
ガヴィが身を粉にしてまで守りたい友達って、一体誰なんだろうと不思議に思った。
「そう言えばイル様は
夕食後にお茶を飲んでいると、不意にレンに声をかけられた。
「創世祭?」
「アルカーナの建国を祝うお祭りです。
毎年城下では建国記念日の前日から飲めや歌えやの大騒ぎになりますよ。貴族の方々もこの日は色々な趣向を凝らして催し物をします」
そう言えば里に居る時にも建国記念日には祭事があった。
しかし紅の民にとってアルカーナの建国日は一族の偉大なる女魔法使いが亡くなった事を
だからお祭りと言ってもどちらかというと
「
ワクワクして聞く。
「はい。商売をしてるものは力を入れて
イルは目をキラキラさせた。
里ではなんせ外との繋がりが薄く、たまに来る異国の商人の荷を眺めるくらいしか楽しみがなかった。
里の小さな祭りで舞われる踊りを眺めるだけでもワクワクしたのだ。楽しくないわけがない。
「ガヴィは何やるの?!」
期待を込めてガヴィに聞く。
ガヴィの事だ、さぞかし楽しい催し物をするに違いない。
しかしガヴィはあっさりと答えた。
「俺? 俺は何もやらねえよ。強いて言えば酒を大量に発注して振る舞うくらいかな」
毎年そうしてる。とお茶を飲んだまま言われてイルは声を上げた。
「えぇ〜〜っ! ガヴィ、何もやらないのぉ? 真っ先にやりそうなのにぃ〜」
力いっぱいイルに言われてレンが吹き出す。
ガヴィは「どーゆー意味だよっ」と顔をしかめた。
「俺はいーんだよっ。その日は皆浮き足だつし、警備とか見回りで忙しいんだよ」
「……そっ……かぁ……」
急にシュンとなる。
ガヴィが警備でいないとなると、最近事件続きで一人で外出ができないイルとしては祭りの参加は絶望的だ。
行ってみたいが迷惑をかけまくっている身としてはあまり我儘な事は言えない。
意気消沈したイルにレンが助け舟をだした。
「……イル様の姿では難しいかもしれませんが……ガヴィ様の警備は市内も巡回されるのでしょう? 王子殿下の狼として既に認知もされていますし、アカツキ様の姿でご一緒に巡回されてはどうでしょう?」
イルが神を見るような目で手を組んでレンを見る。イルの勢いに引き気味のガヴィは頬を引きつらせながら「わ、わかったよっ」と同行を快諾した。
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