第34話 創世祭②



 それから祭りまでの毎日はドキドキの連続だった。

 日々少しずつ飾り付けられていく城下街を城の窓から眺めるのは楽しかったし、王妃様や王子と一緒に祭り用の伝統的なクッキーを一緒に焼いたり、創世祭最終日にお城で行われる舞踏会用の衣装を新調したり。

 ……王都全体がお祭りムードになっていくのが感じられるのは、賑やかな事が大好きなイルにとって、胸が躍るような時間だった。




「ゼファー様はなにかやるの?」


 もはや茶飲み友達と言ってもいいかもしれない位馴染んだアヴェローグ公爵の執務室でお茶をいただきながらイルはゼファーに訊ねた。

 ゼファーは書類をめくりながら答える。


「私は祭りの日、私邸の前庭を開放してお茶をふるまうんだ。貴族用でなくて一般市民が無料で飲食できるようにするんだよ」


 いつも丁寧な彼だが、最近はゼファーもガヴィに対する様にイルに大分砕けた口調で話してくれることが増え、それがなんだか距離が縮まった気がして嬉しい。

 イルも巡回の途中にぜひ寄って下さいねと言われて絶対行きたい! と答えた。

 当日の茶葉はゼファー自ら選んだものらしい。普段では絶対に買えないような安い価格で茶葉や焼き菓子の販売もするらしく、毎年楽しみにしている市民も多いんだとか。売り上げは孤児院等に寄付するというから市民から支持が高いはずだ。


「ガヴィ、お祭りに何にもやらないんですね」


 ビックリしちゃった。とゼファーに零すと、ゼファーはああ、と視線を上げた。


「ガヴィは毎年そうだね。何かやってはと勧めた事もあったんだが、創世祭の日は皆お祭り騒ぎで警備担当になりたい者なんていない。武芸達者な彼が担当してくれるのは正直助かっている」


 そこまで言って何か思い出したかのようにゼファーはふふ、と笑った。


「?」

「いや、すまない。そう言えば初めて創世祭にガヴィを招いた時、凄く面食らっていたのを思い出して」


 ガヴィを国王陛下に推したのはゼファーであったらしく、初めて登城した年の創世祭に招いた際、その規模に驚いて始終ポカンとしていたらしい。


「ガヴィって……どうやって侯爵になったんですか?」


 イルはずっと疑問に思っていたことを口に出した。


「ああ、そうだね。……彼と初めて会ったのはもう四年ほど前になるか。アルカーナの西にある山中にね、水晶谷すいしょうだにと呼ばれる所があるんだが……」


 ゼファーの話によると、そこは巨大な水晶群がある谷で、年々結晶が大きくなり続けていた。

 美しい水晶が見られると言う事で観光地化しており、特に害はないが微量の魔力も感じられるその谷は、年々水晶が肥大していることもあって国の調査対象になっていた。

 だが数年前から水晶の成長が止まったのではないかとの報告を受け、当時この件を担当していたゼファーは現地に視察に来ていた。


「その水晶は不思議でね。小山のような大きさがあるんだ。

 あまりに大きくて中心部には近づけない。手前の方には水晶の中に魔物と思われるものも確認されている。まるで琥珀こはくに囚われた虫のように」


 どうやって水晶内に囚われているのかはわからないが、普段は恐ろしくて近づけない魔物ですら身近に見られるとあって見物に来る者も多かった。

 ゼファーは有識者と共に調査に周っていたのだが、そこで事件が起きた。

 なんと割れた水晶の中から囚われていた魔物が復活したのだ。

 以前も割れた水晶から魔物が発見されたことがあった。しかしその時はすでに魔物は息絶えていて襲ってくることなどなかった。

 すでに観光地化していることもあり、誰もがそのような事態を想定していなかったのだ。

 調査隊にはゼファーの他に戦えるような者はおらず、しかも水晶から蘇ったのはこれもまた見たことのないような巨大な古の魔物だったのである。

 ゼファーは善戦したが、なんせ大きさが違い過ぎた。

 調査隊も右往左往しており、もうダメかと思われたその時、


「突然風のように彼が現れて魔物を倒したんだ」


 目の前に降り立った赤い炎のような髪の少年は、まるで鬼神のようであったとゼファーは語った。

 今よりも小柄だったガヴィはその体で信じられないような跳躍をすると、魔物の背に乗りその首を一突きにした。

 その時の戦いっぷりは当時一緒に同行していた調査隊の中では未だに語り草だ。

 戦場で一緒になったことのある者はガヴィのことを赤い闘神とあがめる者もいるらしい。


「聞くと行く当てもないと言うものだから連れて帰ったよ。タダ飯は食えないというので私に付いて国境警備等に当たらせたが、それはもう鬼のような戦いっぷりで」


 当時国境付近で起きていた小競り合いを次々と力技で解決していった。

 戦場に赤い髪が見えるとそれだけで逃げて行く者もいたくらいだ。


「誰も解決しえなかった長年に及んでいた国境付近のいざこざや小競り合いをあっという間に解決してしまってね。

 私が推していた事もあって彼の功績を無視することが出来なくなってしまった」


 国王の目にも止まり、国にとって有益になると感じたゼファーはガヴィに爵位を与えることを国王に強く薦めた。

 ガヴィは始め渋っていたが、地位があるのとないのでは出来ることが違う。

 もちろん反対意見も多く出たが、功績が大きいこと、爵位獲得後も変わらず王命に従い次々と武勲を上げたため誰も文句は言えなくなってしまった。


「ガヴィ……って、凄いんですね」

「そうだね。最近は国内も落ち着いてるし、あまり遠方の任務に行くこともないけど…。

 侯爵位と言っても割りと無理矢理着かせた所もあるから侯爵然として城に務めることは殆どなかったんだよ。地方で前線にたって手柄を立て続けていれば文句も言われないし」


 イルが来てからはイルのお守りもあり、珍しくゼファーの補佐も城内で勤めている。


「まあ、そういった経緯だから……産まれはノールフォールの近くだと言っていたような気がするな。中央にはそれまで出てきたことがなかったのか創世祭の時には目を白黒させていた」


 そう言ってゼファーは昔を懐かしんで笑った。



(ガヴィにも、そんな時があったんだ)



 お祭りや人混みに驚くガヴィなんて想像がつかない。

 ガヴィはいつも自信満々で、なんでも知っているような顔をしていたから。自分と同じような時があったなんて。


(……ガヴィとお祭りの準備したら、面白そうなのになあ……)


 日に日に活気づく街並みを窓から見下ろしながら、イルはそう思った。



 *****  *****



 アルカーナの創世祭は想像以上の賑わいだった。

 以前ガヴィに連れて行ってもらった広場は、あの時ですら賑わっていたのに、それ以上に出店がひしめき合い、人でごった返している。

 家々の軒先には色とりどりのガーランドやタペストリーが下がり、子どもたちは皆お祭り用のキラキラとした衣装に身を包んでいて楽しそうだ。

 あちこちでお酒や食べ物が振舞われ、ちょっとした広場では踊りや音楽を披露する者もいる。


「……だからキョロキョロしすぎだろ」


 そう言ってくいっと鎖を引かれた。

 街を巡回……というが、あまりの人出でただ歩いているだけのような気もする。

 イルはレンに今日は丁寧に毛づくろいしてもらい、毛並みに香油こうゆまで塗ってもらった。

 王子がくれた太陽の飾りが誇らしく胸を彩っている。

 ガヴィも今日はいつもとは違い、祭事用の礼服を着用していた。

 とは言っても式典用ではなく衛兵用の服であったが。普段とは違うパリッとした紺地に金糸の縁取りの衣装に新鮮味を感じる。

 イルはアカツキの姿でガヴィと一緒に街を周りながら、出店でお菓子を何点か買ってもらったりした。

 街を巡回しながら、お城に続く初代国王の像がある広場に着く。

 初代国王の石像は、前に見た時と違い、足元には色とりどりの花で飾られ、より誇らしげにそこに立っていた。

 燦燦さんさんと光があたって、心なしか石像の表情も嬉しそうに見える。

 アルカーナは古い言葉で、『幸福』を指すというから、本当にその名の通りの国だなと石像の隣を通り抜けながらイルは思った。



 お日様も高くなって来た頃、一度城に戻り、国王一家が国民の前にお出ましになるので王族警備に付く。

 イルは王子に挨拶に行った後、王族は祭事が続くので、ガヴィの執務室でイルの姿に戻り、巡回中に買ってもらったお菓子を頬張っていた。

 夕方になり、ガヴィが警備の仕事から一旦帰ってきた。


「あっちぃー」


 部屋に入ってきた途端、礼服の前を緩めてソファに座る。ガヴィは机の上の水差しからコップに水を注ぐと一気に飲み干した。

 そのまましばらくソファの背に頭を預けて無言で中を見つめている。

 ……これは相当疲れている。


「あの、ガヴィ、これ……食べる?」


 イルは先日王子と王妃と一緒に作ったアルカーナの伝統菓子をガヴィに差し出した。

 ガヴィは頭をソファの背に預けたまま、目線だけこちらを見る。


「へ、変な味はしないと思うよ! 王妃さまに教えていただいたし!」


 疲れた時には甘いものっていうでしょ? と力説していると、ぬっと手が伸びてきた。


「……う」


 そのまま無言でムシャムシャと咀嚼する。

 イルはなんだか無駄に緊張した面持ちでガヴィが食べきるのを見ていた。


「ん……旨い。ありがとな。

 あ〜、ちょっと回復したわ」


 よっこいせと体を起こす。


「……久しぶりに食べた、コレ。

 懐かしい味すんな」

「……ガヴィはお祭り嫌いなの?」

「うん?」


 目線をイルによこす。


「だって毎年警備担当なんでしょ。参加したく……ないから仕事してるの?

 ……私、ガヴィとお祭りやりたかったな」


 アカツキの姿でも一緒に周ればお祭り自体は楽しかった。

 ガヴィには、ガヴィ自身の都合も仕事もあるだろうから無理なことは言えないけれど、ガヴィと一緒にお祭りに参加すれば、きっともっと楽しいと思うのだ。

 そう思ったら、本音がポロリと転がり落ちた。

 ガヴィはイルの言葉にきょとんとしたが、なぜか視線を左右に泳がせると口を開いた。


「いや、別に祭り自体が嫌いなわけじゃない。……これは単純に俺個人の問題っつうか……落ち着かないというか……あー、うん。嫌いとかじゃない」


 何故か気まずそうに頬をかく。


「……お前、そんなに祭りやりたかったの。

 あー、そりゃ悪い事したな」


 ごちそーさん、とガヴィは立ち上がると寝室の方に向かう。


「……もう少ししたら今度は舞踏会だ。着替えてくる。お前も行くなら着替えろよ」


 イルはうん、と返事をすると自分も着替えをしに行こうと席を立った。

 部屋を出ようと扉に手をかけたところで後ろからオイ、と呼び止められる。


「そんなにやりたいなら、来年はなんかするか?」


 何を? と一瞬返しそうになったが、すぐに祭りの事だと合点がいって「うん!!」と大声で答えた。

 ガヴィはデケえ声、と笑いながら寝室に消えていった。



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