第31話 自覚①




「うん、顔色もいいし問題ないのぉ」

「有難うございます!」



 イルが目覚めてから一週間、イル自身の努力と周りの助けもあり、いよいよ長かった療養生活に終止符が打たれた。

 医師長のテネルからも全快のお墨付きをもらって、イルは頬がゆるむのを止められない。

 王子と同じく、基本的に外にいたいイルにとって、この狭い寝台から下りられない療養期間はまるで監禁されているようなものだった。

 毎日王子が会いに来てくれたが、なんせ王子とイルでは波長が合いすぎて、気を抜くと寝台から二人で飛び出しそうになるので面会時間は王妃によりきっちり管理されていた。

 仕事の合間にフラッとやって来ては敢行されるガヴィによるお散歩も、はじめは恥ずかしかったが、アレがなかったら正直ストレス過多で参っていたかもしれなかった。

 

 自分自身の二本の足で歩けるというのは大変素晴らしい。

 そして、元気になったらイルには真っ先にやりたいことがあった。


 テネル医師が曲がった腰をよいしょと持ち上げてゆっくりと退出するのを今か今かと待ちながら、退出した途端イルは部屋から駆け出した。

 先に部屋を出たテネル医師の脇を通り、追い抜きざまに「本当にお世話になりましたぁ!」と声をかける。

 テネル医師は一瞬ポカンとした後「いやはや、元気なお嬢さんだ」と大笑いした。



 宮殿の部屋を飛び出したイルが真っ先に向かったのは、勝手知ったるガヴィの執務室。

 イルはノックもそこそこに部屋に飛び込んだ。


「ガヴィ!」


 中で珍しく書類仕事をこなしていたガヴィは突然の訪問者に、しかもそれがイルだったことにギョッとする。


「お、おま……部屋出ていいのかよ?!」

「もう許可出たもん!! そんなことより! ガヴィ!」


 なにか凄く期待のまなざしで見られている。ガヴィは思わずちょっと仰け反った。


「私、ガヴィのお屋敷に行きたいの。

 すぐにでも!!」


 意外なお願いに、ガヴィははぁ? と困惑の表情を浮かべた。


「いや、あのね、解ってるの。ガヴィにも色々都合があるんだってことは。

 でもね、もう耐えられないの。ガヴィんとこのお庭で走り回ったりゴロゴロしたいの!!」 


 握りこぶしを作りながら一気に言われてガヴィは反応に苦慮くりょする。

 一応、未だイル=アカツキの事実は伏せられたままなので、真実が明るみに出そうな情報は口にしてはいないが、彼女は何だかめちゃくちゃな事を言っている自覚はあるのだろうか。



 十四の少女が、他人の男の家で走り回ったりゴロゴロしたいとは。



 いや、言いたいことは解かる。なんせイルだ。

 田舎の、しかもノールフォールの森から出たことのなかったこの少女は、年の割には少し世間知らずな所がある。

 ガヴィと一緒に屋敷に戻ると大概がアカツキの姿で庭を走り回ったり、レンが用意したアカツキ専用のふかふかのクッションと共に、日当たりのいい場所でゴロゴロとしている。それはもう、水を得た魚のように。いや、犬のように?

 慣れない城暮らしはやはり多少のストレスになっているのかと初期のころは思ったのだが、どうやら元々こういう暮らしをしていたんだなと段々と解ってきた。 

 あんな事件や療養生活でガヴィの屋敷にも長いこと帰宅しておらず、アカツキの姿にもなっていない。

 それはもう、アカツキの姿になって、一刻も早く羽を伸ばしたいだろう。

 言いたい事は解るのだ。


 だがしかし、


「だめだ」


 ガヴィはすげなくあしらった。


「なんでぇ?!」


 イルの非難の声が部屋に響く。ガヴィは耳を押さえながら阿呆!と言い返した。


「当たり前だろが。お前、自分の立場をちょっと考えろや。

 もうすでにその辺の一般人とは違うわけ。保護対象だぞ保護対象!

 警備の面からも城にいる方が安全に決まってるだろ」


 郊外の屋敷にいて、なんかあったらどうすんだと言われてイルはぐぅぅと唸った。


「……だって、だって……お城が嫌なわけじゃないよ?!

 でも……ガヴィのお屋敷、すごく緑に囲まれてて落ち着くんだもん」


 明らかにシュンとなるイルに少し心が痛む。が、ガヴィは心を鬼にした。


「とにかくダメ。

 走りてーんなら俺が付き合ってやるからその辺適当に走っとけ」

「この格好で一人走ってたらそれこそ阿保の子じゃない!!」


 もぉいいもん! と部屋を出ようとする。するとガヴィが真顔で呼び止めた。


「おい! お前あんまりふらふらするなよ。

 宮殿にいるか、俺とゼファーの部屋以外行くな。宮殿出る時は誰かにちゃんと行き先言えよ」

「~~~!! 解ってるよ!!」


 バァン! と扉を閉める。

 なんだぁ? 反抗期か? とガヴィはため息をついた。



 *****  *****



(ガヴィのバカ! ガヴィのバカ!!)


 あの事件以来、何だかちょっぴりガヴィが前よりも優しくなった気がしていたのだが、それによってちょっとした弊害へいがいも起きていた。


「――っ!」 


 解っているのだ、ガヴィの言うことの方が正しいということは。


 そんなことは百も承知なのだ。

 向こうは大人で自分が子どもなのは変えようもない事実だ。

 だけど、


「凄い音がしましたが……イルでしたか」


 隣の執務室からゼファーが顔を出す。


「ゼファー様……」

「……今から休憩しようと思っていたところなんですが、貴女もご一緒にどうですか?」


 そう言っていつものように微笑むから、イルはふいに涙がこぼれそうになった。



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