第30話 春の足音②



 イルの部屋は事件後、以前の部屋から宮殿内部の来賓用の部屋に移されていた。

 紅の民の一族直系の事実が隠せそうにない事、王子が離れたがらなかった事、警備や療養諸々の事情で、正式に国家として保護すべき紅の民の生き残りとして要人扱いとなったのだ。


 事件の事後処理で中々顔を出せなかったアヴェローグ公爵ことゼファーと、ガヴィがこの日は揃ってお見舞いに来てくれた。


「アルカーナの眠り姫、体の加減はどうだい?」


 そう言って色とりどりの花束をイルにくれる。イルはわぁ! と声を上げた。


「すごく綺麗! ゼファー様、ありがとうございます!」


 もらった花束に顔を埋める。花束はゼファーの笑顔のような優しい香りがした。

 ゼファーは多忙から、なかなか顔を見にこられなかったけれど、毎日イルの部屋に花を届けてくれていたのだと聞いた。

 今日も忙しいのにわざわざ時間を作ってくれたのだなと思うと嬉しくなる。


「だいぶ顔色も良くなってきたね。喜ばしいことだ」


 安心したように頷くゼファーを見てイルはちょっぴり複雑な顔をした。


「嬉しいんですけど……、

 お医者様に『とにかくお肉をたくさん食べなさい!』って言われて大変なんです。お肉は大好きだけれどこうもお肉ばっかりだと辛くて」


 挫けそうです……と泣き言をいうイルにゼファーは声を上げて笑った。


「それは貴女の仕事だと思って頑張るしかないね。医師長殿の言うことを聞くのが元気になる一番の近道だ」


 頑張るんだよと酷なことを言うがその目はどこまでも優しかった。

 イルの頭をポンポンとやって、ゼファーは慌ただしいが……と腰を上げる。


「すまないがまだ残った仕事があってね、この辺で失礼するよ。

 そっちの侯爵殿は今日は予定無しだから、話し相手でも小間使いでもなんでも頼むといい」


 ガヴィは「おい」とゼファーをにらんだが、席を立ちはしなかった。



「………」

「………」



 ゼファーが去ると、二人の間に沈黙が降りた。

 事件前は口を開けばポンポンと軽口が飛び交っていたはずなのだが、ガヴィの見たことのない表情を見た後だとなんとなく気まずい。


(ガ、ガヴィと今まで何話してたっけ……?! なんか喋ってよーー!)


 考えれば考えるほど適当な会話が思い浮かばない。

 沈黙を先に破ったのはガヴィの方だった。


「……怪我、もう大丈夫なのかよ」


 イルの方を見ずに話しかける。


「う、うん。

 お医者様が怪我自体はもう何とも無いって」


 あとはちゃんとしっかり食べて、血を作ればいいって言われたよ! と、とかく明るい声を出す。


「……ガヴィ、私が寝てる時お見舞いに来てくれたんでしょ? 王妃様が教えてくれたの。

 ……あの、ありがとね?」


 ガヴィの視線がゆっくりとイルに重なる。


「……おう。

 ただ……お前、もうあれやるなよ」

「え?」


 唐突に言われたことが理解できずに聞き返す。


血の剣ブラッドソード、あれはお前の命を削る。……悪い事は言わねえからもう二度とやんな」


 思いがけず真摯な瞳で言われて、イルは解ったと返事をしようとしたが、少し考えてから返事を返した。


「あの時は、夢中で……何で出来たのか今でもよく解ってないんだけど。

 でも、時間が巻き戻っても、王子や王妃様が助かるんだったら、……またやると思う」

「でも……ガヴィは、心配してくれてるんだよね? だから、そんなことにならないようには気をつける」


 ガヴィは渋い顔をして目を閉じるとハァーーっと長い息を吐いた。


「……解った。

 そもそも、もうおんなじ状況にならねえように俺が気をつければいいだけの話だな」


 それでいい。と言われてイルは思わずうんと返事をしたけど、どういうこと? と内心首を捻ったが、もうガヴィにそれを聞ける雰囲気ではなかった。



「で? お前なんか欲しいもんとかある?」


 寝てるばっかじゃ暇だろ、とガヴィが気を利かせて聞いてくれる。

 ガヴィがそんな事を聞いてくれるとは思わずイルは慌てて考えた。

 だがこれと言って欲しい物が思い浮かばない。


「えっと、王妃様や実は陛下にも本の差し入れとか頂いて、特に物には困ってないんだよね」


 そうだなあ、うーん、と悩んで、


「物は要らないけど、早く外に出たいな」


 おひさまの光浴びたい、と笑うイルに、ガヴィは不思議そうに返した。


「出ればいいじゃねえか。この部屋庭ついてんだろ」


 ガヴィの言う通りで、この来賓用の部屋には専用の小さな庭が部屋続きでついており、部屋から直接庭に出られる仕様になっている。

 出ようと思えばすぐに出られるのだ。


「あ。でも、お医者様が……まだ立ちくらみがあるから歩き回るなって……」

「……歩かなきゃいいんだろ?」

「え?」


 どういう意味? とガヴィに聞き返そうと思った時には、イルは既にガヴィに抱えられていた。


「ちょ! ガ、ガヴィ!!」

「コラ! 暴れんな。目眩めまい起こすと良くないんだろーが。大丈夫、落としゃしねえよ」


 片腕だけでイルを抱えあげ、相変わらずほっせーな。ホラ、これ羽織っとけ、と置いてあったブランケットを器用に片手で寝台から取って渡される。


「ガ、ガヴィ……これ、なんか凄く恥ずかしいんだけど……」


 所謂いわゆるお姫様抱っこというやつで、寝間着のまま抱えられるのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。

 ガヴィは何も気にしてない様で、変に意識している自分が余計に恥ずかしかった。


「陽に当たるのは、血液作る為にもいいと思うぜ。全然苦じゃないからしっかり掴まっとけ」


 そう言って、ん、とあごで促すので、イルは観念してガヴィの首にぎゅっと手を回した。



 ゆっくりとした足取りで部屋のドアから庭に出る。

 イルは久しぶりの外の眩しさに目を細めた。

 イルが寝ている間に、外の陽気はすっかり春で、ポカポカとした光と色とりどりの花で溢れていた。

 耳をすませば小鳥の声、遠くに微かな日常の人の気配。

 髪をすいていく暖かな風が心地良かった。

 イルはほぅ、と息を吐いた。


「ガヴィ、有難う。やっぱり凄く気持ちいいね!」


 嬉しそうに礼を言うイルに、ガヴィはやっといつもの顔で唇の端を持ち上げた。

 イルはガヴィの菫色の瞳が自分を見て笑うと、なんだか胸が忙しくなるのだった。


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