第27話 雨ふりの約束
「……それは本当ですか?!」
ゼファーは執務室でノールフォール一帯を代理で管理している男爵に調査報告を受けていた。
「はい。その後の調べでフォルクス家に仕えていた家の者等にも聞いたのですが、伯爵の長男は陛下の命に従うと爵位返還にすぐ応じ、長女は既に嫁いでいたので問題なし。本来ならば
男爵は続けた。
「謀反を起こしたフォルクス伯爵単独での計画だったこと、加えて彼の父である前伯爵が長きに渡りノールフォールを守った功績を
……しかし、どうやらフォルクス伯爵の次男もあの事件に関わっていたようなのです」
謀反を起こした男の父、前フォルクス伯爵は国の最北端であるノールフォールの守りの重要性をよく解っており、堅実に仕え、生涯をとしてその地を護っていた。
だが、事件を起こした伯爵は辺境の領地を元々嫌っていて、中央に進出したい意識が高かったらしい。
だが、父親である前伯爵の急逝により爵位を継ぐことになり、北の地に戻る事になってしまった。
出世が見込めぬのならばと、国境に近いことを利用し、他国に情報を流したりして益を得ていたのではないかと推測されている。
現伯爵の長男は前伯爵よりの考えであった為、父親に賛同していなかったが、次男はそうではなかったらしい。
「次男には魔法の才能があったらしく、屋敷でもこんな田舎で終わるような人間ではないと昔から豪語していたようなのです」
フォルクス伯爵のように出世欲が強く、ゆくゆくは王都で上級魔法使いとしてのし上がるつもりだったらしい。
だが、今回の事で家は取り潰され、地位は地に落ちた。
「……自分の父親の不忠義が原因ですが、父親の考えに賛同していた次男はそうは思っていないようです。
爵位剥奪を聞かされた時、恐れ多くも国王陛下に向けて暴言や呪いの言葉を吐いていたとか」
ゼファーは顔をしかめた。
「伯爵の長男は命が助かっただけでも有難いと次男を
……逆恨みで陛下のお命を狙うやもしれません」
この情報はなんとフォルクス伯爵の長男からもたらされたものらしい。
父親があのようなことになり、爵位を剥奪され、長男は自分の家族も抱えているのに弟の不穏と失踪である。
残された家族を守る為、弟が罪を重ねる前になんとかして欲しいと、本来ならば格下の男爵に頭を床に擦りつけて
ゼファーはフォルクス伯爵の長男の心境を考えるとなんともやりきれない気持ちになった。
「……報告ご苦労。其のことについてはよく注意しよう」
男爵を下がらせると報告書を見て溜め息をつく。
「……何も、起こらなければいいが……」
朝、晴れていた空が嘘のように、外には雨が降り出していた。
***** *****
週末に降り始めた雨はなかなか上がらず、シトシトと、もう三日もアルカーナの王都に降り注いでいた。
「やまないねぇ……」
外を見つめながら、つまらなさそうにシュトラエル王子が呟く。
晴れていれば午前中のほとんどを薔薇の庭園で過ごしているような王子である。
こうも雨続きでは退屈すぎて仕方ない。さっきまでイルとお絵描きに
何度も窓辺に外の様子を確認しに行く王子をギュッと胸に抱きしめてイルは提案する。
「じゃあ楽しくなるような事を考えよう。うーん、そうだなあ……。
あ! 晴れたら侍従様にお願いして、お城の外庭を散歩するのはどう?」
前にあんな事件があった為、あれ以来王子は宮殿続きの薔薇の庭園しか外出が許されていなかった。
城下街にお忍びはまだ無理だろうが、城内ならば大丈夫だろう。城をグルリと囲む外庭は薔薇の庭園とは違う良さがある。
王子の顔がパアッと輝いた。
「うん! お願いしてみるね!!」
顔を見合わせてお互いににっこりと笑い合う。
「早く晴れないかなぁ……」
さっきまでつまらない気持ちで外を眺めていたのに、一つ約束があるだけで、降り続いている雨の終わりを想像する時間もこんなに楽しい。
二人でいればつまらない時間なんてないのだとお互いが感じていた。
***** *****
王子の願いが叶って、次の日には雨も上がり、晴れて侍従長にもお散歩の許可が下りた。
イルは身支度を整えると、あてがわれている部屋を出る。
王子との約束は十時だったからまだ少し時間に余裕があった。早めに王子の所に顔を出そうかとも思ったが、きっと散歩の最中に、完全に遊び相手だと思われているお気に入りの赤毛の侯爵も呼んでこようと言い出すに違いない。
イルはガヴィの執務室に寄ることにした。
(お仕事だったら無理だけど、手が空いてたらきっといいよって言ってくれるよね)
ガヴィには王子に甘いと言われるイルだが、なんだかんだ言ってガヴィも大概王子には甘いと思う。口は悪いが、王子のことを可愛く思っているのは伝わってくる。だからこそ王子も懐くし、陛下や王妃様の信頼も厚いのだ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、手前の執務室から見知った人物がちょうど出てきた所だった。
「おや」
「ゼファー様。お早うございます!」
銀の髪の公爵はすっかり城になじんだ黒髪の少女に気さくに挨拶を返す。
「おはようイル。
……ああ、今日は殿下とお散歩の日だったね」
「はい! ゼファー様は……お仕事、ですよね?」
暗にお時間ありますか? と目だけで聞かれて、ゼファーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「残念だけれど、仕事が立て込んでいてね。
貴女は王子と楽しんでいらっしゃい」
ポンポンと頭を撫でられる。その仕草にイルは顔を赤くした。
(ガヴィは論外なんだけど、ゼファー様もちょっと私のことを何歳だと思ってらっしゃるんだろう)
赤くなった顔を苦笑いで誤魔化す。
日頃王子と転げまわって遊んでいるせいか、ゼファーも何だかんだとイルを子ども扱いしているきらいがある。扱いがシュトラエル王子と殆ど変わらない。
いや、まあ二十代後半の成人男性から見れば十二分に子どもだろうけれど。
身分が違いすぎる上に、年齢も違うし、尚且つゼファーの顔面が良すぎて、恐れ多くも『恋』だなんて気持ちには発展しないが、こんな超絶美形にそんな事をされてはドキドキしてしまう。
これで未婚なのだから不思議で仕方がない。
アルカーナの七不思議だ。
イルはゴホンと咳払いをするとゼファーに尋ねた。
「それは残念です。
……あの、ガヴィも今日は忙しいですか?」
「ガヴィ?
……ああ、二、三小さな仕事はあるが、すぐに終わるのではないかな?
……王子が誘ったとなればこれ幸い、と行くと思うよ」
これ幸い、と言う所を強調して、ゼファーにしては少し意地悪く笑うのを見てイルも笑う。
二人は仲がいいんだなぁと感じるのがこんな時だ。
「じゃあ、誘ってみます」
「そうするといいよ」
ぺこりと頭を下げてガヴィの部屋に消えていったイルを見送って、歩きながらゼファーは部下の報告を受けた。
イルに仕事だといったのは真実で、ゼファーは今日は何かと忙しい。
「……そうか、他に何か変わったことは?」
一通り報告を受けて尋ねる。部下は特にありません、と言いかけて一つだけ、と付け足した。
「特筆すべき……とまではいきませんが、数日前に城に荷物を配送している商隊が魔物の襲撃に遭いました。警備のものが付いていましたので大事には至りませんでしたが」
今まで輸送中にそのようなことはありませんでしたので一応報告しておきます。と報告を締めくくった。
「確かにあの街道で魔物が出るとは聞いたことがないな。
……近隣の村には警戒するようにふれを出しておいた方がいい」
部下は解りましたと返事をした。
窓の外には、先日の雨が嘘のように青い空が広がっている。
「……今日はいい天気になりそうだな」
ゼファーは立ち止まり青い空を見上げて目を細めた。
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