第28話 襲撃
この日、シュトラエル王子の気分は最高潮だった。
晴れた空、城内ではあるがいつもとは違う景色、隣には大好きな友達。
これで気分が沈んでいたら病気である。
特に何をしたわけでもないのに、数歩歩いては「たのしいねぇ!」と笑顔を振りまき、イル及び周りにいたお付きの侍従たちの頬を緩ませた。
今日は王妃様も一緒で、王子の右手には王妃、左手にはイルと手をつなぎ、「こういうのを『りょうてにはな』って言うんですよねっ」とのたまった時には皆どうしようかと思った。
綺麗に手入れされている色とりどりの花を見て回り、噴水のある広場まで来たところで噴水のふちに腰かけ、王妃様が自分で焼いたという焼き菓子をいただく。
ホロホロと口の中でほどけていくほんのり甘い焼き菓子がおいしい。
とても美味しいので王妃に作り方を聞くと、今度一緒に作りましょうねと優しく言ってくれた。
(
母を知らないイルは時折王妃を見て母を想像する事がある。
黒狼の姿をした森の精獣である母。
どうやって父と知り合ったのか、どうして父と結ばれたのか……なぜ、離れることになったのか。
イルはなにも知らされていない。
幼い頃、一度父に尋ねてみた事があったが、父は無言を貫き通し、聞いてはいけないんだなと幼心に思った。
母の血をひいているから自分を愛してくれないのかもと思った事もある。
本当はどうだったのか、もう聞くことはできなくなってしまった。
王妃がシュトラエル王子に向ける眼差しは、本当に慈愛に満ちていて、いつも抱きしめられているような安心感は母の理想像だった。
「ガヴィ……まだかなぁ〜。
早く来ないと母上のお菓子がなくなっちゃうよね」
焼き菓子を頬張りながら王子が言う。
ガヴィはゼファーの予想通り、仕事を終わらせたらすぐ向かうと今朝約束してくれた。
やはり、ガヴィも王子には甘いのだ。
(あ)
ふと視線を上げると、遠くの城の出口から見知った赤い髪の毛がゆっくり階段を降りてくるのが見えた。
「王子、ガヴィが――」
イルが王子に声をかけようとして、少し離れた所に男が立っている事に気づいた。
なんの変哲もない、城に出入りしている商人風の男だ。
男は緩慢な動きで右手をあげた。
そこからは、全てがコマ送りのようだった。
反射的に身体が動いたのに理由なんてない。
ただ、危険だと本能が叫んだ。
無風だった広場に突風が巻き起こり、風の刃に変わる。
イルは風が唸る音を耳元で聞いた。
なんの力もないイルに出来たのは、王子と王妃の前に飛び出す事だけ。
風の刃はイルの身体を何箇所も切り裂いて空に霧散して行く。
「イルーー!!」
切り裂かれた所から血が滴り落ちて血溜まりになる。イルはドシャリと倒れ込んだ。
王子は真っ青になってイルの名を叫ぶ。
イルは王子を安心させようと思うが返事が出来ない。
―――イタイ、イタイ、アツイ―!――
切られた所にまるで心臓があるかのようにドクドクと脈打っている。
返事をしようと思うのに、喉から出てくるのは耳障りな自分の呼吸音だけだった。
必死にイルを助け起こそうとする王子の頭上に、男の陰が落ちた。
「……私の価値を解らぬ国など不要だ……。
国王も、全てを無くしてしまえばよい」
仄暗い顔で再び右手をあげ何かを呟く、倒れたままのイルの視界に、ガヴィが必死に走ってくるのが見えたが些か距離がありすぎる。
「死ね」
男の顔が醜く歪んだ。
「やめろーーー!!」
ガヴィの声が広場に響いた。
(ダメ!!!)
その瞬間、イルは全身の血がカッと沸騰するかの様に、全身を巡るのを感じた。
その場にいた誰もが自分の目を疑った。
イルの体から噴き上がった血液が、一瞬で結晶化すると、無数の小さな刃となって至近距離にいた男を貫いたのだ。
「……ば、ばか……な……」
――それは
男は体をあちこち貫かれ、手を上げた体勢のまま、ドサリと崩れ落ちて絶命した。
小さな血の刃は浮力を無くすとカラカラと地に落ちる。
(
血まみれのイルにしがみついて泣きじゃくっているシュトラエル王子の声が何故か遠い。
自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。
向こうから、ガヴィが見たことのない顔をして駆け寄ってくるのが見えた。
(ガヴィ、なんでそんな顔、してるの――)
イルの意識は、そこで途切れた。
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