第26話 城下街へ
約束の日は意外にも早くやってきた。
次の週の週末とガヴィの休みが重なったのだ。……ガヴィが早く自分のツケを清算させたかった
その日、イルは朝からソワソワしていた。
ガヴィの私邸にいる時は割と普通に人の姿や黒狼姿に自由に変化しているが、登城する際にはガヴィの私邸でイルの姿かアカツキの姿どちらで登城するか決めている。
イルの姿で登城した際には寝泊まり用の部屋を用意してもらい、アカツキの姿で登城した時はガヴィの執務室で寝泊まりしている。
今回はイルの姿で城に来ていたので用意された部屋に泊まっていたのだが、この間のお詫びに街へ連れて行ってもらう事を知ったゼファーがお出かけ用の服をプレゼントしてくれた。
白いふんわりとした可愛らしい袖のブラウスに、若草色のアルカーナの流行りの服だ。
デザインはシンプルだけれど、動きやすくてちゃんと可愛らしい。
申し訳無さ半分、嬉しさ半分でゼファーにお礼を言うと「王子も我が王も助けていただきましたし、この程度では足りないくらいですよ」楽しんでいらっしゃいと微笑まれて、本当に気遣いの細やかで素敵な人だなと思った。
初めて王都に来て、もう一ヶ月はたっていたけれど、イルが城下街に来たのは実は今日が初めてだった。
ガヴィと登城する時は、アカツキの姿と半々の割合で、アカツキの姿では安易に街はブラつけず、イルの時も大概が王子の所に行っていたので城の外に出た事はなかったのだ。
なのでイルは見るもの全てが珍しかった。
「うわぁ〜! 凄い! 人がいっぱい! お店も沢山ある! ねえ! ガヴィ! あれ! あれはなに?!」
少し歩いては立ち止まり、また歩いては止まる。
街に着いてから全然進まない道のりに流石のガヴィも面食らった。
「おい、このペースで歩いてたらこの広場だけで日が暮れるぞ」
(……そういやコイツ、森から出たことねーんだっけ。そりゃ、まあこうなるわなぁ……)
イルと出会ってから、見たことのないはしゃぎっぷりだ。
最初は黒狼の姿で出会い、人の姿に戻ってからも大人に囲まれていたせいか、つい年齢を忘れていたが、今日は年相応の顔をしている。
いや、もしかすると少し幼く見えるかもしれない。ガヴィはイルの本来の姿を見た気がした。
「……そんなに面白いかよ」
苦笑しながら声をかける。
イルは素直にうん! と返事をすると心底楽しそうに笑った。
「賑やかなの大好き!
森にいた時は大概一人だったから今はすっごい楽しい!」
ずっと街に来てみたかったんだ! と笑う。
里での様子を聞いて、不幸では無かったのだろうが、この少女も
ガヴィはそんなに気に入ったのなら、また連れてきてやるよと声をかけた。
ひとしきり市場を見たあと、オープンテラスになっている大衆食堂で昼食をとり、散歩がてら街を見下ろせる高台に向かった。
家々の間を縫うように走っている長い石畳の階段を登る。登り切ると眼下に街が広がっていた。
階段を登って汗ばんだ体に吹き抜ける風が心地良い。
腰高の石垣に肘をつきながら街を見下ろした。
「アルカーナって本当に素敵。
お城の中も緑がいっぱいで素敵だけど、街並みも大好き」
キラキラしてる。
そう言ってうっとりと眼下を眺めるイルの隣にガヴィも石垣に肘をつけて見下ろす。
「……そうかよ」
口の端をやんわりと持ち上げて、街並みを眺めるガヴィの横顔が、思いのほか穏やかで優しい眼をしていたので、イルは前からなんとなく感じていたことを口にした。
「ガヴィって……なんで侯爵やってるの?」
「あん?」
今までの周りの話だと、元々は平民だったと言う。
言動や行動からも貴族に憧れていたとか、出世欲があるとは思えない。宮仕え向きでもない。
なのに若くして侯爵の地位にいると言うことは、物凄い功績を上げたということだ。努力をしたということだ。
でもガヴィはお国のためにとか、陛下の
イルの言いたいことを読み取ったのか、ガヴィは少し間をおいてからボソリと答えた。
「……ダチが、守ってる国だからかな」
その声音の中に、なんだか切なげなものが混じっていた気がして、イルはガヴィの顔を不思議そうに見た。
「……ダチって、ゼファー様?」
「……ん? あ、あー……おう。
まあ、アイツだけじゃねえけど」
「ふーん……」
じっと見ていると、なんだよっと頭を小突かれる。
「さー、そろそろ行こうぜ。甘味、食べんだろ?」
強制的に話を終わらせ、あの店、早く行かねえとなくなるんだよ。と言うガヴィにイルが慌てる。
「え! なんでそういうこと早く言わないの?!」
早く行こ! と慌てて登ってきた階段を駆け下りる。「ガヴィ早くー!」あっという間に小さくなる姿にガヴィは苦笑した。
「……っとに、騒がしいヤツ」
階段を降りる前にもう一度城下街を見下ろす。
眼下には、美しい街並みと城。
素晴らしい国王の治める大国、アルカーナ。
先に下に降りたイルは知らなかった。
そこにいた赤毛の剣士が、まるで迷子の子どものような顔をしていたことを。
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