第24話 半獣の少女イル②



「困った事がありましたら、私の所にもいつでも来てくださいねイル殿」


 ゼファーが優しく言ってくれる。


「有難うございます。

 ……でも『イル殿』はやめて下さい! 私、落ち着かないし、村娘の設定なのにゼファー様が『殿』は可笑おかしいですよぅ」


 ゼファーは創世記に関わっている一族の姫に敬意を払っているつもりだったが確かにイルの言うことにも一理ある。

 ゼファーはクスクスと笑うと、「ではイルと呼びましょう」と言ってくれた。



 ……という一連の流れがあり、イルは基本的にはガヴィの侯爵邸で過ごし、ガヴィが登城する時には一緒に着いてきている。アカツキはイルが世話をしている狼と言う設定だ。

 昨日ガヴィと一緒に登城したイルは、明日朝食を一緒にとりましょうと王妃と王子に誘われていたので今朝から宮殿にお邪魔していたのだ。

 仕事を理由に、恐れ多くも王妃様の誘いを蹴って執務室に居たガヴィに、嬉しい気持ちのまま戴いた菫色の薔薇を見せに行ったら先述の反応である。


(ガヴィの眼の色みたいな色の薔薇だったから持っていったのに!)



 なんなのアイツ。赤毛おたんこなす!

 おバカ! 意地悪! 無神経!!



 内心で思いつくままの罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせて唇を尖らせた。

 ゼファーは苦笑しながら、


「まあガヴィに花をでる……なんて心があるとは思えないですしねぇ……」


 とガヴィにはまったくフォローにならないフォローをした。



「そういえば今日は王子とご一緒じゃないんですね?」


 頬杖をつきながら、未だ怒っているイルの横顔に問う。


「え? ああ、そうなんです! 今日は王子もお勉強があるとかで」


 食事を王家の人達と一緒にとった後は大概たいがいそのまま王子と共に過ごす事が多いので珍しいなとゼファーは感じたのだ。


「王族って大変ですよね。あんなに小さいのにもう王様になるためのお勉強があるなんて」


 王子は偉いなぁなんて他人事のように呟くので、ゼファーは興味本位で聞いてみた。


「でも貴女も一族の姫だったわけでしょう? それなりに大変だったのではないですか?」


 ゼファーの真っ当な問いにイルは「姫……」と呟いて顔を赤くした。


「もーー! やめてくださいゼファー様! 本当にゼファー様が思ってるような感じじゃないんです! 姫なんて名ばかりで、……い、一日中ほとんど森の中を走り回ってたし、その辺の男の子となんにも変わらないというか……」


 なんだか自分で言っていて恥ずかしくなってきた。

 十をとっくに超えた女の子、しかも一応一族の姫に当たる娘が日々野原を駆けずり回っているとか。

 もしかして皆がよそよそしかったのってただ呆れていただけでは? なんて思えてくる。


「……なんか、自己嫌悪で悲しくなってきました」


 テーブルに突っ伏してしまったイルにゼファーは思わず噴き出した。


「ゼファー様?!」

「いやいや、いいじゃないですか。そのお転婆のおかげで王子もガヴィも助かったんだから」


 ポンポンとイルの頭をなでる。

 無駄に顔面がいい。歳がもっと近ければなんだか色々勘違いしてもおかしくない。

 イルは顔を赤らめながらゼファーの横顔を睨んだ。

「……ゼファー様って、ちょっとご自分の顔の良さを自覚した方がいいと思います」

 じゃないと女性から恨みを買うことになっちゃいますから! とイルが脅したが、

「私の顔で喜んでもらえたり役に立ったりするなら尚いいですね、と返事が返ってきたので、この銀の髪の公爵がガヴィと仲良くしている理由が何となく解かった気がした。



 そうしていると、コンコンとノックの音と同時に「公爵いるかぁ?」と何の遠慮もなしにガヴィが入ってきた。


「君、それはノックの意味あるのかい?」


 ゼファーが呆れて聞くと、ドア前の兵士にちゃんと聞いた。流石に女連れ込んでたらいきなり開けねぇよ、と返ってきてイルの顔面が凄いことになった。


「……いちおう、ここに、女性がいるんですけどぉ?」


 青筋の立ちそうなイルにガヴィははぁ? と眉を下げる。


「お前のどこが女なんだよ? 雄か雌か解んねえカッコしやがって、寝言はもちっと女らしくなってから言え」


 ゼファーはあぁ、と片手で顔面を覆った。

 アヴェローグ公爵の部屋には平手打ちの音が鳴り響き、今日も元気にアルカーナ王国の一日が始まった。



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