第21話 露見



 カツカツとくつの音が大理石の廊下ろうかひびわたる。

 通いれているはず謁見えっけんの間までの道のりがいやに長く感じられるのは、自分にやましいところがあるせいか。


(いや……あの事はまだバレていないはずだ)


 フォルクス伯爵はくしゃく忌々いまいまし気にくちびるをかんだ。

 先日王都より帰郷ききょうしたばかりだというのに、り返し登城とじょうせよとの命令が下った。

 火急の用のため、王家専属せんぞく魔法使まほうつかいを派遣はけんし移動魔法まほうを使っての登城命令とじょうめいれいだ。

 このようなび出され方は初めてのことで、び出される理由など、くれないの民の事や王子誘拐事件ゆうかいじけんについての調査ちょうさの事か、あの男の事しかない。

 しかし森の出入りはおさえているし、あの状態であの男が助かるはずもない。

 気がかりはレイ侯爵はくしゃくといたおおかみも見つかっていない事だが、おおかみ状況じょうきょう説明をできるわけでもなし、その点については大丈夫だいじょうぶであろう。

 何か聞かれても、知らぬぞんぜぬをつらぬき通せばよい。

 フォルクス伯爵はくしゃくは前を向くとあせりをおさえて謁見えっけんの間のとびらが開くのを待った。




「フォルクス伯爵はくしゃく様が到着とうちゃくされました」


 謁見えっけんの間のとびらが開く。

 謁見えっけんの間には、アルカーナ国王陛下へいかとなりに腹心であるアヴェローグ公爵こうしゃく、あとは数人の警備の兵士だけであった。


「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。此度こたびの火急のおび出し、何用でございましょうか?」


 フォルクス伯爵はくしゃく優雅ゆうがにお辞儀じぎをした。


「……遠いところを何度も足を運んでもらってすまない。

 実はここだけの話だが、一週間ほど前からレイ侯爵こうしゃくが行方不明になっている」


 フォルクス伯爵はくしゃくは内心ぎくりとしたが、おくびにも出さずにけと答えた。


「レイ侯爵こうしゃくが?」

「ああ、彼と連絡が取れず彼の私邸してい確認かくにんを取ったところ、家の者にはノールフォールに行くと言っていたそうだ。

 ……侯爵こうしゃくから何か連絡がなかったかね?」


 伯爵はくしゃく深刻しんこくそうにううむとうなった。


「私の耳には何も……」

「そうか……」


 国王は落胆らくたんした様子でため息をついた。

 フォルクス伯爵はくしゃく家は兼ねてから国王に仕え、親王派として信頼しんらいの強い貴族きぞくだ。

 レイ侯爵こうしゃく失踪しっそうが自分の仕業しわじだとはうたがわれていないだろうが、今後の計画のためにも信頼しんらいを万全にしておかねばならない。

 フォルクス伯爵はくしゃくはここで全てを丸くおさめるしかないと、ねてからの計画に沿う事にした。


「レイ侯爵こうしゃくの件に関しては存じ上げませんが……

 実はその後の調査でわかったことがございまして」

「うん?」


 国王が伯爵はくしゃくを見つめる。


「王子誘拐ゆうかいの件に関しまして……どうやら事をくわだてたのはくれないの民の一族だった様なのです」




 伯爵はくしゃくの話はこうだ。


 くれないの民の里は国境付近にあるため、国境をえてきた者の最寄もよりの村になる。

 王子を誘拐ゆうかいし、交渉こうしょう材料に他国の者と密通みっつうしてえきを得ようとしていたと。

 だが、その計画に反発した親王派住民との間でいさかいが起きたため自滅じめつした。

 誘拐犯ゆうかいはんが北を目指していたのもくれないの民の里に向かっていたためだと。


「……実は里の生き残りが見つかりまして、の者から事情を聞きました。

 残念ざんねんながら村の抗争こうそう怪我けがが元ですぐに亡くなりましたが……」


 口からでまかせをもっともらしく言う。一見筋いっけんすじは通っている。   

  

「……そうか、残念ざんねんだ」


 苦渋くじゅうの表情でアルカーナ国王は目をせた。

 フォルクス伯爵はくしゃくこうべれ、国王と同じように鎮痛ちんつうな面持ちをしていたが、内心は笑いが止まらなかった。

 だから、国王が何に対して遺憾いかんに思っていたかはついぞ気が付かなかった。


(計画は失敗だったがこれで身の安全は確保かくほされた――……計画はまたり直せば良い)


 後はレイ侯爵こうしゃくの死体さえかくしてしまえば完璧かんぺきだ。なんならあいつも犯人はんにんの一人にしてしまえばいい。


陛下へいか、私から報告ほうこく出来ることはこれだけでございます。私めの管理がおよばず、領民りょうみんの一部の暴挙ぼうきょを止めることができず不甲斐ふがいなく思っております。このばつ如何様いかようにも受ける所存です」


 うやうやしく頭を下げる。


 忠信ちゅうしん深い臣下しんかの出来上がりだ。

 お優しい国王陛下へいか無碍むげにはできまい。



「――じゃあ、遠慮えんりょなくばつを受けてもらおうか」



 国王でない聞き覚えのある声に、信じられないものを見る目で頭を上げる。

 アヴェローグ公爵こうしゃくの反対側にいつの間にか赤毛の侯爵こうしゃく、ガヴィ・ヴォルグ・レイと、太陽をした飾りを付けた黒狼こくろうが立っていた。


「な、な、なぜお前がここに……?!」


 あまりの驚愕きょうがくに言葉が上手く出てこない。


「ノールフォールでおれと会っていないって?

 くれないの民の里でご丁寧ていねいにも陛下へいかと同じどくったけんで切りかかってきたのは……アンタだよな?」

「い、言いがかりだ! 陛下へいか

 この者の言う事を信じてはいけません!

 …そうだ! くれないの民をそそのかしたのも、この男かもしれません!」


 フォルクス伯爵はくしゃくは一気にまくし立てた。


「白い悪魔あくま


 ギクリとフォルクス伯爵はくしゃくの顔が強ばる。


「……っていうんだってなあ、あのどく

 ノールフォールに自生する、あの地域の住民ならみんな知ってるどくらしいじゃんか」


 ガヴィがゆっくりと国王の前に出る。


毒殺未遂どくさつみすい事件の前、陛下へいか謁見えっけんした時お茶を出された際に、アンタ砂糖さとうをくれって女官にたのんだらしいな?」


 フォルクス伯爵はくしゃくの顔色が変わる。


「女官から証言しょうげんがとれた。

 あの日、女官の前に砂糖さとう入れにれたのはフォルクスはく貴方あなただけだったと」


 今までだまっていたゼファーがしずかにとどめをさした。


陛下へいかの気安い所が、臣下しんかへの信頼度しんらいどが高い所以ゆえんなのでしょうが、これからは臣下しんかと同じ茶器で席をご一緒いっしょにしていただくのはやめていただきたい」


 フォルクス伯爵はくしゃくを追いめながら、国王にもさらりと一言くぎを差して、腹心のぎんかみ公爵こうしゃくに国王はわずかに苦笑した。


ちがう……こんな、こんなはずではない……!!」


 フォルクス伯爵はくしゃく激昂げきこうすると、雄叫おたけびをあげてガヴィに切りかかってきた。そのつるぎにぶい光を放っている。

 森で不意打ちを受けた時とはうって変わり、ガヴィは真正面からフォルクス伯爵はくしゃくつるぎを自分のけんで受けると、あざやかにけんの勢いをいなしけんつかしたたかに伯爵はくしゃくの手を打った。

 つるぎを床に落としたフォルクス伯爵はくしゃくの首筋にけんを当てる。


「……形勢逆転けいせいぎゃくてん……ってな?」


 ギリリとガヴィをにらむ。兵士へいしがフォルクス伯爵はくしゃくおさえ、後ろ手になわしばられている間、最早開き直った伯爵はくしゃくえるのをやめなかった。


「お前の様な若造わかぞうが! えらそうに侯爵こうしゃくなんかにおさまっているのが悪いのだ!! 私の方が評価ひょうかしてしかるべきだろう!

 お前もだ! エヴァンクール国王! フォルクス家を何代もあの様な辺境の地にしばり付けおって! 私はあの様な地で終わる人間ではないのだ! そんなどこの馬のほねともわからぬ男よりも、

 私が、私こそが――!! 私が悪いわけではない!!」


 かみみだわめく様子に、そこにいた皆があわれみの目を向けた。 

 ゼイゼイと肩で息をする伯爵はくしゃくに、国王は静かに告げる。


「……ノールフォールは我が国最北の国境に面している重要な地。

 辺境にあるからといって下に見ているわけではない。君のお父上は、そのことをよく理解りかいしていた。

 ……『フォルクス王の砦』の名を、いにしえの王が君の一族に与えた意味が、君には伝わらなかったのがひどく残念だ」


 エヴァンクール・アルカーナ国王の、静かなかなしみを込めた眼差まなざしを受けて、フォルクス伯爵はくしゃくつい抵抗ていこうをやめ、がっくりとこうべ垂れた。  



 ────────────────────────────────


 ☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る