第13話 旅の始まり



 毒物混入事件どくぶつこんにゅうじけん後、王家の警備けいびはより一層いっそう強化され、ゼファーはより国王の側や宮殿きゅうでんめることとなった。

 毒物どくぶつは茶葉からは検出けんしゅつされなかったが、国王のカップについていたお茶の残りからはどくの反応があったらしい。

 しかし、同じポットから注がれたゼファーとガヴィのお茶からはどくは出なかった。


 紅茶こうちゃを用意した女官は、国王が若い時から仕えている古参こさんの女官で信頼しんらいあついため、彼女が犯人はんにんだとは考えにくい。

 女官本人も自分に不利になるとわかっていつつ、お茶をれる際には自分しかポットにはさわっていないと証言しょうげんしている。

 ますますなぞは深まるばかりだ。


 フォルクス伯爵はくしゃくにもくわしく話を聞いたが、くれないの民を虐殺ぎゃくさつしたのはだれなのかはつかめなかったそうだ。

 いくら小さな村といえど、個人こじんであのような芸当ができるはずもなく、しかし国の中でも北の辺境へんきょうの村である。目撃者もくげきしゃも生存者もいない。

 住民同士の内紛ないふん可能性かのうせいもあるのではとの見解けんかいも出たが、そうではないことはイルがよく知っている。

 王子の誘拐ゆうかいに関わった二人の内一人はやとわれ傭兵ようへい魔法使まほうつかいは調べたが足がつかなかったらしい。


 ゼファーが宮殿きゅうでんめていて動けないため、ガヴィは単独たんどくで調べを進めることにして、一旦いったん侯爵邸こうしゃくていもどることとなった。

 国王や王子の身が心配であったが、側にはゼファーが付いていてくれるし、しろの中では警備けいびきびしい宮殿きゅうでんの中にいるのが一番安全だろう。

 後ろかみをひかれつつ、一応ガヴィ預かりのイルはガヴィと一緒に侯爵邸こうしゃくていもどった。




「お帰りなさいませ。ガヴィ様、アカツキ様」


 屋敷やしきもどると執事しつじのレンがあたたかくむかえてくれる。


(レンの顔を見るとホッとするなぁ)


 ここを出てからまだひと月も経たないのにイルはなんだかなつかしい気持ちになる。

 レンはガヴィの外套がいとうを受け取りながら予定をたずねた。


「しばらくごゆっくりされる御予定ですか?」

「いや、支度したくが出来次第出かける。ちょっとばかしノールフォールの方に――」


 イルの耳がピクリと動く。


「……そういや、お前もあそこから着いて来たんだったな。

 ……お前はどうする?」



 ガヴィの話はこうだ。



 くれないの民の里の虐殺ぎゃくさつ、王子誘拐ゆうかい、国王の暗殺未遂あんさつみすい

 三つの事件じけんに何の関わりもないはずがないのは明白だが、どの事件じけん犯人はんにんの足取りはつかめていない。

 王子誘拐事件ゆうかいじけんも国王の暗殺未遂あんさつみすいも、ガヴィは現場に居合いあわせたが、くれないの民の里の事件じけんに関してはフォルクス伯爵はくしゃくの報告のみで未だ現場は見ていない。

 国王も王子も今は宮殿きゅうでんにいるし、そちらはゼファーに任せることにして、ガヴィはもう一つの現場を自分の目で調査しようと言うことだった。


「ノールフォールは北の国境こっきょうに近い。

 侵略しんりゃく目的の隣国りんごく陰謀いんぼうではないかって意見も出てるが……それにしちゃ三つも事件じけんを起こしたわりには国としての動きがない」


 水面下で謀略ぼうりゃくが進んでいるとも考えられるが、こんなに立て続けに事件じけんが起きればノールフォールと隣接りんせつしている国は真っ先にうたがわれてしまう。

 くれないの民の里の事件後、公式書面で隣国りんごくに、『村人を惨殺ざんさつした凶悪犯きょうあくはんが国境をえてそちらに侵入しんにゅうしたかもしれない』と表向きには注意喚起ちゅういかんきと協力を要請ようせいしたが、隣国りんごくからはすぐにおくやみと要請ようせい内容の了承りょうしょうについての返答があった。


の返答をしておいて直ぐに王家抹殺まっさつにかかるっていうのもリスキーすぎるし、俺はとなりとはこの一連の事件じけん、無関係だとんでるんだよな」


 そもそも隣国りんごく、クリュスランツェとは古くからの友好国で近年もこれと言ってトラブルはない。

 ということは、てきは内側にいるということになる。


「どいつがてきか、わかんねぇからよ。

 とりあえず一度秘密裏ひみつりに調べに行く」


 ガヴィはノールフォールに行っている間、イルをレンに預けようと思い一時帰宅したのだが、そういえばこいつも当事者だったと思い直した。

 正確に言えば、ガヴィはイルが本当に当事者だとはこの時は思っていなかった。

 しかし、なぜだか連れて行った方がいいのではないかという思いにられたのだ。


 イルは当然着いて行く! とばかりに力強くえた。



 *****  *****



 旅支度たびじたくを整え、次の日には出発した赤毛の侯爵こうしゃくことガヴィと黒狼こくろうのアカツキだが、ノールフォールの森に着くのは前回森から王都に来た時の様にはいかなかった。

 前回は避暑地ひしょちに王家お抱えの優秀な魔法使まほうつかいが同行していたため、彼の移動魔法いどうまほうを使って王都との距離きょり短縮たんしゅくしていた。

 しかし今回は秘密裏ひみつりであるため、王家お抱えの魔法使まほうつかいは使えない。

 当然、自分の足を使うことになる。

 王都からノールフォールの森まで魔法まほうなしで行けば、馬を使っても一週間はかかってしまう。

 往復すれば移動だけで半月だ。


 ノールフォールは辺境へんきょうの地であり、だからこそ今まで調査もフォルクス伯爵はくしゃくに頼り切りだった。

 しかし王家の面々の命が狙われている中、半月以上も王都をはなれていいものなのだろうか?

 イルは少し不安になってガヴィを見た。

 ガヴィは初めて会った時と違い、落ち着いた深緑色の動きやすい服と、目立たない色の頭からずっぽりかぶるタイプの外套がいとうを身にまとっていた。ガヴィの燃えるような赤毛は外套がいとうの中に入ってしまってほとんど見えない。

 一応隠密行動おんみつこうどうなのに目立ってしまうためだと解ったが、あの燃えているような赤毛が、少し前をゆらゆらとれるのが好きなのにな、と少しさびしく思う。

 ガヴィの赤はなんだか元気が出る。


(ふふ、変なの)


 人の頭を見て元気が出るだなんて、イルは自分の思考に一人笑った。



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