第12話 不穏②





 ゼファー・アヴェローグ公爵こうしゃくは先代国王の弟の子であり、現国王エヴァンクールの従弟いとこに当たる。

その為、王位継承けいしょう順位で言えば王子と実父に次ぐ三位の位の高さなのだが、実父は側室の子であり、先代国王とは腹ちがいであった事、

ゼファーの母親がこの国ではめずらしい銀髪ぎんぱつであった事で、ゼファーはおさなころから常に好奇こうきの目にさらされてきた。

 アルカーナ王国は比較的ひかくてき他人種交流がさかんなため、色々な髪色かみいろ肌色はだいろの人間がいるが六割ほどは黒髪くろかみだ。

銀髪ぎんぱつは世界から見ても数が少なく稀有けうである。

しかもゼファーは人がうらやむような美貌びぼうそなえていた。

 あまりに毛色がちがうので、本当にアルカーナ王家の血筋か?などと陰口かげぐちたたかれそうなところだが、面差おもざしは先代とも現国王ともそっくりだったためうたがいようもなく、みどころのない美貌びぼう御子みこ羨望せんぼう嫉妬しっとが集まった。

 父は王位には全く興味きょうみがなく、王家の親戚しんせきとして悠々自適ゆうゆうじてきなその日らし。

良くも悪くも、どくにも薬にもならない人物であった。

 しかしゼファーはその美貌びぼうと王位継承位けいしょういの高さ、尚且なおかおさなころより学も武芸ぶげいにも優秀ゆうしゅうであったため、王位争いにまれるのは時間の問題であったのだ。


 自分の置かれている立場のあやうさを早々に感じ取ったゼファーは父が早世したのち、アルカーナの名や継承権けいしょうけんアヴェローグ王の狼を名乗り、さっさと臣下しんかの立場に降下こうかした。

 ゼファーを看板かんばん下剋上げこくじょうねらっていた一派いっぱは大いに落胆らくたんしたが、そのいさぎよさを国民は支持したし、王の片腕かたうでとしての働きと美貌びぼうに今ではぎんかみ公爵こうしゃくとして親しまれている。

普段ふだんは国王の補佐ほさとして公務こうむはげみ、武芸ぶげいにも精通せいつうしているため護衛役ごえいやくになっているのだ。

 なんの苦労もしたことのなさそうな美貌びぼう公爵こうしゃくが、なかなかの苦労人だったと知って、イルはゼファーに益々ますます親しみを持ったし尊敬そんけい出来るなあと思った。



「おや、フォルクス伯爵はくしゃく

 国王の執務室しつむしつに向かっている途中とちゅう、前方から壮年そうねんの男性が歩いて来る。

フォルクス伯爵はくしゃくばれた男性はゼファーに気づくと柔和にゅうわな笑顔で挨拶あいさつをしてきた。

「これはアヴェローグ公爵様こうしゃくさま、レイ侯爵こうしゃく。例のけん調査経過報告ちょうさけいかほうこくにて陛下へいかの所に参っておりました。アヴェローグ公はこれから御公務ごこうむですか?」

 気さくに話す伯爵はくしゃくはゼファーよりもかなり年嵩としかさに見えた。

フォルクス伯爵はくしゃくと言えば何か聞き覚えがあるなあとイルが考えていると……

「ええ、ノールフォールのけんでは伯爵はくしゃくにもご尽力頂じんりょくいただ感謝かんしゃしております」

 生まれた故郷こきょうの森の名が出てきてハッとした。

「とんでもございません。元は領地内りょうちないで起こった出来事。迅速じんそく解決かいけつできず、臣下しんかとしては心苦しいばかりです。 今後も全力をくします」

 そう言ってフォルクス伯爵はくしゃくは深々と頭を下げた。

「顔をお上げ下さい伯爵はくしゃく我々われわれ陛下へいか臣下しんかとして共に力を合わせればよいのです」


 そうだ。思い出した。

 フォルクス伯爵はくしゃくとはイルの住んでいたノールフォールの森を治めている領主りょうしゅの名だ。


 くれないの民の一族は村の中では少国家のような形態けいたいを保っていたが、アルカーナ王国全体から見れば小さな村であり正式な国ではない。

アルカーナ辺境へんきょうの森の中にあり、フォルクス伯爵領はくしゃくりょうの一部である。

 伯爵領はくしゃくりょうになる前の古き時代からそこにあったくれないの民の一族はその歴史から、ある程度の自治がみとめられてはいるが、ちゃんと領民りょうみんとしてぜいおさめていた。

領主りょうしゅ様が村を視察しさつに来たときにフォルクスの名を聞いたような気がした。しかしその時に来た領主様りょうしゅさまはもっと老年のおじいちゃんだった気がするが……。

貴殿きでん代替だいがわりしたばかりでご苦労もあるでしょうが……、共に頑張がんばりましょう」

「……勿体もったいないお言葉です」

 フォルクス伯爵はくしゃくは一礼すると後でアヴェローグ公爵こうしゃくにもご報告に上がりますと去っていった。



 フォルクス伯爵はくしゃくと分かれ、国王の執務室しつむしつまで来た三人は軽く挨拶あいさつをして分かれようと思っていたが、国王よりガヴィにも話があると部屋の前の兵士へいし言付ことづけられたため一緒いっしょに部屋に入る事となった。

「アヴェローグ公爵様こうしゃくさま、レイ侯爵様こうしゃくさまいらっしゃいました」

 書類に目を通していたエヴァンクール国王は書面から目線を上げ、口のはしを持ち上げた。

「やあ、来たか。挨拶あいさつはいい、そちらにかけなさい」

 執務室しつむしつわきにそなえられた品の良いソファを指す。

しばらくすると女官がティーセットを持ってきた。いつものように紅茶こうちゃれる。

「ガヴィにも来てもらってすまない。例の件だが、フォルクス伯爵はくしゃくにも先程報告を受けたので今後の方針ほうしんについて話そうと思ってね」

 国王もソファに座り、さして新しい情報はないのだが――と前おいて国王は女官を下がらせた。


 ふと、イルは違和感いわかんを感じた。

 イルの、というより野生の――けものの感だ。


(……なんだろう。何かいやな予感がする。 何が――。このにおい、どこかで、)


 鼻が、ビリビリする。


 国王が紅茶こうちゃのカップを持ち上げ、口に付けようとした瞬間しゅんかん、イルははげしくえた。

 未だ国王の手のにあるティーカップをみてイルは国王のうでに体当たりする。

紅茶こうちゃのカップは床に転がり、ガシャンとれた。

陛下へいか!!」

「何事ですか?! ……このおおかみ!」

 廊下ろうかにいた衛兵えいへい雪崩込なだれこんてきて未だ国王の上に乗っているイルに剣をく。

イルはこぼれた紅茶こうちゃに向かって懸命けんめいえた。

「待て!」

 今にもりかからんとする衛兵えいへいを片手で制し、国王は体を起こす。

イルはあわてて国王の上から飛び退くと、きちんと座り直して国王を見上げた。

「……大事ない。それよりもゼファー、銀製ぎんせいの物はもっているかね?」

 ゼファーもガヴィもハッとする。

 ゼファーはあわてて身につけていたぎんのブローチをこぼれた紅茶こうちゃにこすり付けた。

美しいぎんの飾りはどんどん黒ずんでゆく。

「……どく!!」

 国王は立ちあがるとイルの頭をでた。

「皆、剣をしまいなさい。私は大事ない。……アカツキが助けてくれた」

 周りを見ると、そこに居る全員が剣を抜いていたことに気づく。

毒物どくぶつが混入していたのですね? ……しかし、特に変わった香りもない。アカツキには何故なぜわかったんでしょう」

 ゼファーがたずねる。

国王はフムと考えるような仕草をするとイルを見つめながら言った。

「……おおかみけものは、人よりするど嗅覚きゅうかくや感覚があると聞く。我々われわれには解らないようなにおいを感じたのかも知れぬ」

 そういって紅茶こうちゃの茶葉やカップを調べるように手配した。

「しかしこれで、いよいよきなくさくなってきやがったな」

 ガヴィがつぶやく。

 くれないの民の里の惨殺事件ざんさつじけん、王子の誘拐ゆうかい、国王の暗殺未遂あんさつみすい――


 くれないの民の一族については関連はまだわからないが、国王一家の命をねらっていることは間違まちがいない。

 三人と一匹いっぴきけわしい顔で顔を見合わせた。



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