第11話 不穏①



 さて、王家の居住区きょじゅうくである宮殿きゅうでんにも出入りするようになったイルだが、その後も基本的きほんてきにはガヴィの執務室しつむしつに生活の拠点きょてんを置いていた。

 王子にせがまれて王子の部屋でねむる事もあったが、国王一家の本当にプライベートな空間にずっと居座いすわるのは申しわけなかったのだ。

 なんせイルは中身は人間なので、どんな会話もイルには筒抜つつぬけである。

 イルが悪人であったならこれほど美味しい状況じょうきょうはないだろうが、流石さすがにそれなりに分別のあるイルは遠慮えんりょした。

 基本的にはガヴィと行動を共にしていたが、宮殿きゅうでんに自由に出入りできるようになってからは宮殿きゅうでんで過ごすこともえ、ガヴィも何やらいそがしく出かけることも多かった。



 今日は昼過ぎから王子のところに向かい、国王一家と夕食を共にして、はしゃぎ過ぎた王子がソファでねむってしまったのでイルは夕闇ゆうやみがすっかり空をおおったころ宮殿きゅうでん退出たいしゅつし、ガヴィの執務室しつむしつに戻ってきた。

 部屋の前まで行くと衛兵えいへいとびらを開けてくれる。

 王子を背に乗せて庭を走り回ったので、流石さすがに今日はイルもつかれていた。

 ガヴィはまだ帰っていないようだ。


(帰ってきたら音でわかるよね。……ちょっとだけ休もう)


 鼻先で寝室しんしつとびらを開け、部屋にすべむ。

 ガヴィが帰ってきたら一応挨拶あいさつはしようかな、と思いながらイルは自分の寝床ねどこに入り目を閉じた。





 東の空がうっすらと白みはじめたあかつきころ

 イルは鼻先にかかる人の温かさにふいに意識いしき浮上ふじょうした。


(あれ? ……私、結局けっきょく王子のところでたんだっけ……)


 ぼけた頭でゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 くらがりの中、目の前に飛び込んできたのは、だれかの鼻先、くちびる

 そして燃えるような赤の色。


 まるでガヴィのかみの毛の色みたいだな、と思って刹那せつな、固まった。


 イルをき込むようにして寝台しんだいねむっていたのは、赤毛の剣士ガヴィ本人だったからである。

 イルが固まっていると、ガヴィはぼけた様子で「……まだ起きるには早ぇだろ……もすこしとけ」と少しかすれた声でイルの体を、子どもをあやす様にポンポンとやった。

 いつもの小馬鹿こばかにした様子も、茶化ちゃかした様子もなく、薄闇うすやみの中で見たガヴィの菫色すみれいろひとみと赤毛がやけに目に焼き付く。

 しばらくすると、ガヴィの規則きそく正しい寝息ねいきが聞こえてきた。

 完全に覚醒かくせいしてしまったイルは、ガヴィにかかまれたまま、一ミリも動けなかった。



 心臓しんぞうが、早鐘はやがねのように打っていた。



 *****  *****



「だからよ! お前は何べん俺にみつけば気がむわけ?!」


 赤くなった鼻先をさえて怒鳴どなる男は言わずもがなガヴィである。


 夜明けの薄闇うすやみの中、ガヴィの寝台しんだいの中で石のように固まっていたイルだが、太陽の光がまどに差しかって来たころ、ガヴィが寝返ねがえりを打ちながらイルをかかえ直した時にイルは気が付いた。

 混乱こんらんしていて気が付いていなかったが、ガヴィは半裸はんらだったのである。

 パニックになったイルは人であればさけんで、とりあえず目の前にあったガヴィの鼻先を――んだ。

 ガヴィのさけび声に何事かと部屋の前の衛兵えいへいあわてて部屋にんで来たが、鼻をおさえて怒鳴どなり散らす半裸はんらの赤毛の侯爵こうしゃくと、見るからに頭を落としてしょげている王子おかかえのおおかみを見て何も言わずにとびらの前の己の定位置に戻っていった。


 今日も平和だな、とかなんとか思いながら。




「言っとくけどな! おれ布団ふとんで先にてたのはお前だからな?!」


 ガヴィいわく、事の経緯けいいはこうだ。

 ガヴィが仕事を終え部屋にもどるとイルがガヴィの寝台しんだいですやすやとねむっていた。

 邪魔じゃまだったのでゆすって起こしたがイルはぐっすり入っており一向に起きない。

 あきらめて同じ布団ふとんもぐんだが、ガヴィは普段ふだんからるときは服を着ないため(もちろん下はいている)ついイルのぬくもりが気持ちよく、無意識むいしきのうちにかかえてねむってしまった……というのが事の真相らしい。

 確かに始めは寝台しんだい下にあつらえられた自分の寝床ねどこにいたはずなのだが、つかれていた上に最近は王子の寝台しんだい一緒いっしょねむることもあるため、気付かぬうちに温もりを求めてもぐんでしまったらしい。


 落ち度は完全にイルにある。


 だがゆるしてほしい。

 中身は十四の人間の少女には刺激しげきが強すぎた。


(結婚けっこんもしてないのにはだかの男の人と布団ふとんに入ってしまった……もうおよめにいけないかもしれない)


 ガヴィがなにやら怒鳴どなっていたが、それすらもうイルの耳には入ってこず、その日はただただ項垂うなだれていた。





「……それでアカツキ殿どのはこんなにしょげてるのかい?」


 可笑おかしさをかくしきれない様子でぎんかみ公爵こうしゃくゼファーは公務こうむの手を止めて年下の友人侯爵こうしゃくの方を見た。

ガヴィのとなりには、アカツキことイルがどんよりとせをしている。


「このおれが! こんなに世話してやってるのに三度目だぞ?! さ・ん・ど・め!!」


 ガヴィの鼻の頭には絆創膏ばんそうこうられている。

イルは益々ますますいたたまれなくなった。

 そんなイルの様子を見て、ゼファーは苦笑いする。


「まあまあ、アカツキ殿どのも反省しているようだし、そのくらいにしてあげたらどうだい?」


 ガヴィはするどい目つきでゼファーをにらんだ。


「……お前も一回そのお綺麗きれいな顔をまれてみたらおれの気持ちがわかんじゃねえの?」

「いや、まあそれはできれば遠慮えんりょしたいが……」


 ゼファーは思わず顔をおさえる。


 ……ああ、消えてなくなりたい。


 余計よけいに小さくなったイルを見て、ゼファーが助け舟をだした。


「……なんというか、でも君も少し配慮はいりょがかけていたんじゃないのかい? アカツキ殿どのは君いわく女性なのだろう?…もしアカツキ殿どのが人間だったら君、君に落ち度がなかったとしても、今頃いまごろ大変な事になっているよ」


 他意はないとはいえ、かなり核心かくしんをつかれてイルはドキリとした。


「……おおかみに女とか男とかの性差があってたまるか!」

「……それはそうかもしれないが、女性にはやさしくするものだろう?」


 ゼファーは一般論いっぱんろんとして言ったのだが、ガヴィはジッと空を見つめたままだまんでしまった。


『ガヴィはちょっと心配しすぎなんじゃないの? ちょっとはイーリャの意見も聞いてあげなよ』


「……こいつにやさしくしてどうすんだ。やさしくするのが全部正解せいかいだとは限らねえよ」


 いつもとはちがう反応に、ゼファーは不思議ふしぎそうな顔をした。


「……ガヴィ?」


 ガヴィはハッとすると「なんでもねえ。この話は終わりな!」と強制的に話を終了しゅうりょうさせた。

ゼファーもイルも不思議ふしぎに思ったけれど、それ以上に追及ついきゅうすることはなかった。

 ゼファーとお茶を共にしたあと、ゼファーは国王と共に公務こうむがあるとのことで王の執務室しつむしつに向かい、ガヴィとイルは王子の所に顔でも出すかと三人そろってゼファーの執務室しつむしつを出た。



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