第8話 薔薇の庭園①



 しろでの生活は順調……ではなかった。

 あの後、ゼファーの部屋を退出し、当然ながらイルはガヴィと共にかれ執務室しつむしつに向かったのだが……



 ガヴィの部屋は当たり前と言えば当たり前なのだが、ゼファーの執務室しつむしつたような作りになっていた。

 そもそも私邸していはガヴィもゼファーも王都の郊外こうがいにあり、しろの内部にあるのは執務しつむのための執務室しつむしつである。爵位しゃくいが高いため、庶民しょみんの家に比べたらはるかに豪華ごうかではあるが、基本的きほんてきには仕事のための部屋と寝室しんしつ(領地りょうちが遠く登城とじょうするとしばらく帰れない貴族きぞくもいるためだ)の二間続きだ。

 よって、ガヴィの侯爵邸こうしゃくてい以上にイルの居場所いばしょはない。文字通り、生活の全てをガヴィと共にする羽目はめになった。


 すなわち、寝室しんしつも、である。


 侯爵邸こうしゃくていにいる時は私室は別だったのでわからなかったが、ガヴィと言う男は遠慮えんりょと言うものがない。

 私室であり、イルはおおかみなのだから当然かもしれないが、どこでもぐしそのままウロウロしたりする。

 イルは最初の三日は顔を赤くしたり青くしたりした。……黒狼こくろう姿すがたなので相手からは顔色なんて見えやしないが。

 しかし、悲しいかな四日目にはもはやれてしまった。


 それよりもこまったのは食事である。初日はガヴィの部屋付きの侍女じじょが、それはそれはビクビクしながら調理前の生肉を持ってきた。

 イルは黒狼姿こくろうすがたなのである意味正解せいかいだが、もちろんイルは人生において生肉なぞ口にしたことがない。とてもではないが食べられず、出された水だけをめていた。

 が人間(おおかみ?)食べなければ死んでしまう。

 二日目の朝には盛大せいだいはららし、元気がないのを見兼みかねたガヴィが何かを察して自分の人用に焼かれた肉を分けたところ、空腹くうふくえかねていたイルは勢いあまってガヴィの手にみ付いた。

 執務室しつむしつにはガヴィの元気な声がひびき、それを見た侍女じじょ卒倒そっとうしそうになった。

 手をさすりながら大丈夫たいじょうぶだとガヴィがイルをかばい、イルが謝罪しゃざいの気持ちを込めてペロペロとガヴィをめていなかったら放り出されていたかもしれない。

 次の日からはイルにも人用と同じ肉が用意された。

 おかげで部屋付きの侍女じじょ益々ますますおびえ、ガヴィは二日は不貞腐ふてくされていた。

 五日目、イルはすっかり意気消沈いきしょうちんして大人しくなり、それこそい犬の様にトボトボとガヴィの後ろについてまわっていた。



「……君、もうその顔やめたらどうだい?」


 ゼファーの執務室しつむしつでお茶を飲みながら不貞腐ふてくされるガヴィにゼファーは思わずかたふるわせた。


「……俺は元からこの顔ですけどぉ?」


 機嫌きげんの治らないガヴィに、ゼファーは嘆息たんそくしてまゆを下げた。


「もうその辺でいいだろう?

 可哀想かわいそうに、アカツキ殿どのも元気がないよ」


 ねえ? とゼファーはイルをやさしく見てくれた。


「だってよ、コイツ二度目だぞ?!

 他のヤツにはしねえくせに、俺には足にみつきうでみつき……大人しくしてねえと王子には会えねえって言ってるだろうが!」


 おおむね事実なのでイルには返す言葉がない。イルは余計よけいにしょんぼりと頭を下げた。


「君にしかしないと言うことは、君のせっし方にも問題があるんだろう。

 君と長年友人をしているが、私はアカツキ殿どのに同情する所も大いにあるがね」


 そう言ってイルの首筋くびすじなぐさめるようにポンポンとたたいてくれた。


(……うぅ、泣きたい……)


 ゼファーのやさしさが身にみる。

 しかしまあ、ガヴィの態度たいどにカチンと来る時もあるものの、寝床ねどこ提供ていきょうしてくれるしご飯だって手配してくれる。

 王子のためとはいえ、突然とつぜんっていたイルをきちんと面倒めんどうを見て王子に会わせる義務ぎむはあっても義理ぎりはない。

 周りから見ればイルはただの黒狼こくろうなのだから、けものとしてあつかわれて当然なのだ。

 そう思えば、口は悪くともなんだかんだとガヴィはやさしい。

 大人しくしていなければガヴィにもゼファーにも迷惑めいわくがかかるのに、面倒めんどうを見てくれているガヴィにみつくとは言語道断ごんごどうだんだ。


 イルは二人に迷惑めいわくをかけないようにと心にちかった。



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