第6話 銀の髪の公爵①



 目を覚ますと、そこは見慣みなれたくれないの里にある自室だった。

 (……え?)

 キョロキョロと辺りを見回す。あわてて自分の手を見た。


 人間の手だ。


 鏡の前に立つと、短い黒髪くろかみくれないの民らしくない金色のひとみ姿すがた。なんだか長らく見ていなかったような気がする自分の顔が映っていた。

(……今までの事は……ゆめ?)

 コンコン、と音がしてり返ると、そこに六つ上の兄が立っていた。

「にいさ……」

「やっと起きたのか。

 ……仕方ないなぁ、イルは」

 なかあきれて、でもひとみの奥にはやさしさがまっている。

 イルは熱いものがのどみ上げてきて動けなくなってしまった。

「? ……どうした? 何かあったのか?」

 兄が心配して近づいてくる。

 イルは目をゴシゴシとこすって頭を左右にると、必死に笑顔を作って答えた。

「うううん! 何でもない!

 目にゴミが入っただけだよ!」

 えいっと兄のむねに飛び込む。

 父は何を考えているのかイマイチわからなかったが、兄はいつでもイルにやさしかった。

 ぎゅうっときつくと大好きな兄のにおいがする。

「……ちょっとこわゆめを見ちゃって……でも大丈夫!」

 そう言って兄の顔を見上げると、兄の肩口かたくちからひょっこりとガヴィが顔を出した。

「へえ? どんなゆめだよ」

「……どんなって……

 ……ガヴィ、なんでここにいるの?」

 口にして、全てをさとった。



 ――ああ、ゆめ、かぁ……――



 目を開けると、テラスから差し込んだ光がやさしくイルをらしていた。

 目の前には、黒い毛並みのおおかみの足。

 ゆっくり顔を上げると、ダイニングのテーブルでお茶を飲んでいるガヴィと目が合った。

「お。起きたかよ。よくねむれたか?」

 朝の光がガヴィの赤毛に当たって綺麗きれいだ。


 兄とガヴィは全然ていない。

 兄はガヴィみたいに人を食ったような笑い方はしないし、木漏こもれれ日みたいにやさしく笑う人だった。


 でも、どうしてだろう。

 おひさまみたいな、あったかい笑顔は一緒いっしょだ。


 むねがぎゅうっとなる。


 イルは下を向いた。

 目から熱いなにかがこぼれそうだったから。


「なんだ? 具合ぐあいでも悪いのか?」

 いつもふざけているのに、思いのほか心配そうにのぞむから、イルは立ち上がるとかくしにガヴィの顔をパシッと尻尾しっぽで軽くたたいた。

「ってぇ! ……お前なあ……」

 人が折角せっかくよお…と二、三文句もんくを言ったが、かたをすくめて嘆息たんそくするとそれ以上は追及ついきゅうしてこなかった。


「……ところでよ、今日おれしろ登城とじょうするがお前も行くか?」

 ガヴィの言葉に耳がピンとなる。

 イルはガヴィに向き直ってじっと彼の顔を見つめた。

「もちろん、そのままじゃいけねえぞ。

 とりあえずはコレを付けてもらう」

 取り出したのは朱色しゅいろ首輪くびわくさりだ。

「野生よろしくそのまま王都おうとを歩きゃ大騒おおさわぎだろうし、おれかいい犬ぜんとして来るなら王子に会わせてやる。どうだ?」

 かいい犬……の下りにイルはいやな顔をしたが、王子には会いたい。

 ガヴィはいつもことわりようのない二択にたくを持ってくるからたちが悪いと思う。

 素直にウンというのもしゃくさわるが、ガヴィに連れて行ってもらわないと王子には永遠えいえんに会えやしないので、肯定こうていの意味をめて床を二度尻尾しっぽたたいた。

 ガヴィにはそれでと伝わったのか、いつものように不敵ふてきな顔で笑った。


 そんなやり取りをしている間に、レンがティーカップを片付けにやってきて(ガヴィは朝食を食べていたらしい)イルが目が覚めたことに気づくとおはようございますと挨拶あいさつをしてくれた。イルにも温かいミルクを入れてくれる。

 レンはガヴィが用意した首輪くびわを見ると素朴そぼく疑問ぎもんを口にした。

「ところでガヴィ様、首輪くびわはその色でよろしかったのですか?」

「あ?」

 なんでだよ? とレンを見る。

「いえ、特に深い意味はないのですが……」

 モゴモゴと珍しく歯切れ悪くレンが答える。

「だってコイツ真っ黒だし、あかえんだろ?

 くさりはもうしてるしよ。めすだから丁度いいだろ」

 ガヴィははっきりと答えた。

(――え?! なんで?!)

「そ、そうなのですか?

 どうしてそんなことがおわかりに?」

 イルもレンもびっくりしているのを尻目しりめに、

 ガヴィは事も無げに答えた。

「あん?

 だってコイツ、洗った時についてなかっ――」

 イルはガヴィの足に思い切りみ付いた。


 屋敷やしきにはガヴィのさけび声がひびいたが、優秀ゆうしゅう思慮深しりょぶか執事しつじは主人を助けなかった……らしい。



 *****  *****



 アルカーナの王都おうとは背の高い強固な城壁じょうへきで囲まれている。

 荘厳そうごん城門じょうもんをくぐると、そこにはにぎやかな市場や街並まちなみが広がっていた。

 城壁内じょうへきないしろからつながる大きな通りが十字に伸びており、通りに沿って大小様々な家々が建ち並んでいた。近隣きんりんの国々に比べてもかなりにぎやかな城下街じょうかまちだ。

 森から出たことのないイルは、人々の往来おうらいや色とりどりの建物が物珍ものめずらしくて目をキョロキョロとさせた。

「……キョロキョロしてんじゃねえ。

 真っすぐ歩けよ、大人しくしてねえと警戒けいかいされんぞ。……くっそ、足まだってぇなあ……!」

 ブツブツ文句を言いながらイルのくさりを引くのはご存知、赤毛の剣士ことガヴィ・レイ侯爵こうしゃくである。


 イルはフンっと鼻をらした。

(ガヴィって本当にデリカシーがないんだから!)

 元々貴族きぞく出身でないことから、普通ふつう侯爵こうしゃくでないことはわかったが、それにしたって口が悪い。

 こんな調子で王様に仕えているとかいまだに信じられない。

 しかもレンを見ても思ったが、ガヴィに関してはどう見ても二十代そこそこだ。

 この若さでどんな手柄を立てれば侯爵位こうしゃくい)なぞ拝命《はいめいできるのだろうか?

「いいか? おれの言う事をちゃんと聞いて、オリコウさんにしてねぇとしろの中、ましてや王子の側になんて行けねえからな?」

 ねんすようにガヴィが言う。イルは心得た、と小さく吠えた。


 城下街じょうかまちけ、通りをどんどん進んでいくと、アルカーナ王国創世記そうせいきに出てくる伝説でんせつつるぎたずさえた初代国王の石像が立っている広場に出る。

 石像の横を通りゆるやかな石段を登っていくと、しろを囲む城壁じょうへきにたどり着いた。

 城門前じょうもんまえには兵士へいしが立っており、イルはにわかに緊張きんちょうした。


「ごくろーさん。通るぞ」

 ガヴィがれた様子で門をくぐろうとする。

「お待ち下さい! レイ侯爵こうしゃく

 しかし門兵もんぺいの一人がガヴィを止めた。

「あん?」

「お、おび止めしてしまい申し訳ありません。

 レイ侯爵こうしゃくは問題ありませんが、そちらのおおかみは一体……」

 門兵もんぺい緊張きんちょうした様子で戸惑とまどいながらおのれ任務にんむ遂行すいこうしようとした。

「ああ、コイツ? 犬だよ!」


 ――そんなわけあるか。


 門兵もんぺいどころかイルでさえそう思った。いくらなんでも無理がある。

 もう少しマシな言いわけがあるだろう、とイルは胡散臭うさんくさそうな視線しせんをガヴィに向けた。

「なんだよ、その目は。

 ……ちげぇよ、コイツはシュトラエル王子殿下でんかの特別なおおかみなわけ。

 王子の犬も同然だろ?」


 うそだと思うならアヴェローグ公を呼んでくれや。


 門兵もんぺいは顔を見合わせたのち、一人が急いで城内じょうない確認かくにんに行った。



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