第5話 赤毛の剣士③



 一人取り残されたイルは、やることもないのでガヴィの言葉に甘え屋敷内しきちない散策さんさくすることにした。

 リビングからテラスへけるガラスとびらを鼻先で押し、テラスへ出る。

 テラスにも座り心地の良さそうなベンチが置いてあり、そこから庭をながめられるようになっていた。

 庭はそんなに広くはなく、木々と生け垣に囲まれてへいの外は見えない。

 テラスから庭に出ると左の奥に小さな池があり、生け垣の足元には前庭と同じように色とりどりの草花が咲いている。

 決して派手はでではなく、どちらかといえば素朴そぼく屋敷やしき全体が可愛かわいらしい秘密ひみつ花園はなぞのといったよそおいで、おおよそ赤毛の剣士とはつかわしくない。

 庭の右には小さなアーチをくぐると細い小道があり、ガヴィとイルが追いかけっこをした前庭につながっていた。

 前庭に出ると、執事しつじのレンがしゃがみんで花壇かだんの手入れをしている。

 レンはすぐさまイルに気がつくと、作業の手を止めイルに会釈えしゃくをした。


「これはアカツキさま、お散歩ですか?」


 イルにやわららかい笑みを向ける。

 イルは尻尾しっぽを左右にって返事をした。


(私、こんな姿すがたなのに普通ふつうに話しかけてくるんだな)



 この屋敷やしきの人間は不思議ふしぎだ。



 ガヴィにせよレンにせよ、人の姿すがたでないイルに対してのせっし方にまるでかべがない。

 普通ふつうはいくら主人が大丈夫と言ってもけものを連れてきたらおそれをいだくのが当然ではないのか。

 それに、レンは執事しつじわりに若すぎる気がする。

 勝手なイメージだが、こんなお屋敷やしき執事しつじと言えば、老齢ろうれいひげをはやしたおじいさんが出てくるものと思っていた。

 レンはどう見ても三十手前に見えるし、どういう経緯けいい執事しつじになったのだろう。

 イルが不思議ふしぎそうな顔でレンを見つめていると、レンは手についた土をはらい「……おなかっておられませんか? 何かお出ししましょうか」と立ち上がった。

 イルは特段とくだんなかが空いていたわけではないのだが、そう言われた途端とたんにおなかがクルルとなった。


 ……そう言えば里を出てから何も食べていない。


 レンはクスクスと笑うと、おおかみは何を食べるんでしょうねえとつぶやいて歩き出した。

 イルはり止まないおなかの音にずかしくて下を向いたが、大人しくレンの後をついて行った。


「お口に合うものを探してお出ししましょうね」


 優しく微笑ほほえむ。

 どこか兄の面影おもかげが重なり、まだなんにも彼のことは知らないけれど、イルはもうこの青年が好きだな、と思った。



 その日の夜は、緊張きんちょうけたのかレンが用意してくれたふかふかのクッションと毛布に包まれると、気絶きぜつするようにねむりのうずへとまれた。


 ────────────────────────────────


 ☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る