第4話 赤毛の剣士②



「だぁーかーらー! げるなっつってんだろ!!」


 さて、王子としばし別れ、ガヴィの所に身を寄せる事になったイルだが、

 ……ここで一悶着ひともんちゃくあった。


 避暑地ひしょちから王子達と共に移動魔法いどうまほうで王宮に移動し、ガヴィとアカツキは王子一行と一旦いったん別れ、城下街じょうかまちから少しはなれた郊外こうがいにあるガヴィの屋敷やしきに向かった。

 本来ならば護衛ごえいとして王子を送り届け、国王に報告義務ぎむがあるのだが、アカツキをすぐに連れて帰れないならちゃんと安全な場所にいてしいとの王子たっての要望で、王妃おうひから許可きょかも出たため、取り急ぎガヴィの屋敷やしきに向かう事になった。

 が、屋敷やしきに着いたはいいが、帰郷ききょうにホッとする間もなく一番の問題に気づいた。

 ……森の中では切羽詰せっぱつまっていて問題ではなかったが、先刻せんこくのガヴィの指摘してき通り、イルの身体がドロドロで汚いのだ。


 まずは屋敷やしきに入る前にイルの身体のよごれを落とさなければならない。

すっかり意思疎通いしそつうができると思っているガヴィは「よし! あらうぞ! そこへ直れ!」 とやはり犬扱いぬあつかいでイルをあらおうとした。

 たまったものではないのはイルである。

 いや、正直言えばイルだってあらいたい。直ぐ様キレイになりたい。

なんと言ったって中身は人間の女の子なのだ、身体がよごれたらお風呂ふろに入りたいに決まっている。


 けれど、


(バカバカ〜!! 男の人に洗ってもらえるわけないじゃない! 私、はだかも同然なのに!)


 イルは全力でげ回った。


 いくら子どもとはいえ、もう父とも兄とも風呂ふろを共にしなくなって久しい。

ガヴィは中身は人間だと知らないから仕方しかたないが、知ってる自分からすれば年若い男性にあらってもらうなんてとんでもない。

けものの手ではあらえないから、あんなところやこんなところまであらってもらう羽目はめになる。

 お姫様然おひめさまぜんとしていなくたってそれくらいの羞恥心しゅうちしんはある。


 ずかしい。死ねる。


 ガヴィの屋敷やしきの前庭を小一時間、げて逃げて逃げた。

 不毛な追いかけっこに一人と一匹はゼーゼーかたで息をしながらにらみ合う。ついにガヴィがキレた。


「――いーかげんにしやがれ!

 ちゃんとあらわねーなら、一生王子んとこにはいけねーからな!」


 この勝負、イルの負けである。


 イルはトボトボと、本当にトボトボと洗髪嫌せんぱつぎらいの犬の様におなわについた。

「ったくよ! 初めからそうしてりゃいいんだよ!」

 ブツブツと文句を言いながらおけった水をイルにかけようとしたが、不意にガヴィの鼻孔びこうをある香りがかすめた。

(――におい?!)

「お前、どっか怪我けがしてんのか?!」

 ガバとイルの身体を確認かくにんする。

(ひええぇえぇ……!!)

 イルは内心目を白黒させたが、ガヴィは真剣しんけんだった。

(……怪我けがは……してねぇな。こいつのじゃねえ。……返り? そう言えばこいつ、どこから来たんだ?)

 チャリ……と首のくさりが手に当たる。

イルはビクリと身体をふるわせた。

「……お前、他にご主人様がいるのかね?

 ……王子泣かせんなよ」

 つぶいてから水をかけた。

 イルも観念かんねんして大人しくあらわれた。



*****  *****



 すったもんだの後、

やっとアルカーナ王国の侯爵こうしゃく、ガヴィ・レイの屋敷やしきに足をみ入れたのだが、

 ……ガヴィの屋敷やしき奇妙きみょうであった。

侯爵こうしゃくといえば王家のをひく公爵家こうしゃくけぐ上から二番目の階級であるにも関わらず、彼の屋敷やしきはこぢんまりしている。

流石さすがに一般家屋かおくとは言わないが、規模的きぼてきにはまちの重役レベルの邸宅ていたくではないだろうか。

作りは良いが大変小ざっぱりしている。

とても侯爵家こうしゃくけとは思えない。

 とはいえ、門をくぐりイルがまどった前庭は品良く季節の草花がえられているし、清潔せいけつに整えられた敷地内しきちないは好感が持てる。

しかし華美過かびすぎない屋敷やしきにホッとしたのも確かだ。

 森から出たことのない村娘同然、しかも今は獣姿けものすがたの自分には突然のお屋敷暮おやしきぐらしは敷居しきいが高すぎる。


 もう一つ、違和感いわかんを感じたのは人の少なさだ。

侯爵家こうしゃくと言うわり屋敷内やしきないに人がいなさすぎる。

屋敷やしきに入った時に律儀りちぎにも紹介しょうかいされた執事しつじのレンとばれる青年以外、ほとんど人と会わないのだ。

屋敷やしきを囲むへいの門には警備けいびをするため兵士へいしがいたが、建物の入口にはだれもおらず、とびらもガヴィが自分で開けていた。

(……この人、本当に侯爵こうしゃくなの?)

 チラリとガヴィの顔をうかがう。

ガヴィはイルの視線しせん目聡めざとく気がついてニヤッと笑った。

「お前さんが何考えてるか当ててやろうか?

 『こいつほんとに侯爵こうしゃくか?! 屋敷やしきはしょぼいし、人いなさすぎ!』」

 思っていたことを丸々言葉にされてイルは面食らった。

「……俺はよ、侯爵こうしゃくっても元々貴族様きぞくさまじゃねえ。

 武勲ぶくんを上げまくって王様に気に入られての所謂いわゆる成り上がり貴族きぞくだからな、でっけえ屋敷やしきしょうに合わねえし領地りょうちもらったって管理にこまるわけ」

 侯爵こうしゃくとはいえ、ガヴィは国王の手足となり、国のあちこちに行き任務にんむをこなしているため、屋敷やしき滞在期間たいざいきかんが短い。

なので普段ふだん専属執事せんぞくしつじのレンが屋敷内やしきないの事は一人でこなし、警備等けいびとうについてはしろから派遣はけんされた兵士へいしが交代で行っているらしかった。

 客人が来た時などは通いでメイド等をやとう時もあるが、ガヴィに用事のある者はほぼしろにある職務室しつむしつにくるし、私邸していであるこの屋敷やしきたずねてくる者はほとんどいないらしい。



「ガヴィ様、お茶が入りました」

 テラスのついたリビングに行くと執事しつじのレンが紅茶こうちゃを運んで来た。

「おぉ、ありがとな」

 ガヴィの屋敷やしきのリビングはそんなに広くはないが(とはいってもイルの住んでいた私室の四倍くらいはありそうだった)少し広めのダイニングテーブルと暖炉だんろ、その前に低めのソファがあり、かべの一面がガラス張りになっていて庭に出るためのとびらがついている。

とびらと庭の間には屋根付きのテラスがあり、光がやわらかく差し込んで居心地いごこちが良さそうだった。


「ところでガヴィさま、アカツキさまのお部屋はいかがなさいますか?」

「あぁ? 部屋? いや、けものに部屋もなんもねぇだろうが。まさかベッドでるわけでもねえし」

 改めてイルを見る。

(……たしかにコイツ、人間みたいにこっちの言ってることは理解りかいしてるし、たまに錯覚さっかく起こしそうになるが、どこをどう見てもけものだし)

 一部屋やるのは可笑おかしくないか? 目線でレンに問うと、

「シュトラエル王子殿下でんかからお預かりした大切な方だとお聞きしましたので」

 とにっこり微笑ほほえまれる。

「……お前、どうするよ?」

 イルは突然話をられて困惑こんわくした。


 部屋は正直しい。

 一人で羽根をばしてのんびりしたい。


 けれどガヴィの言うようにけものが人間の部屋を使うというのはかなり変だ。

 イルはつかの間考えると、返事をするかわりにテラスから差し込む光が気持ちの良い部屋の角に行き、何度かクルクルと回ってその場に座り込んだ。

 それを見てレンは笑みを深くすると、

「アカツキ様用にクッションをお持ちしますね」

 と下がっていった。


「……さてと、おれは報告書上げるからよ。

 お前適当にくつろいどけな」

 敷地内しきちないならどこ行ってもいいぞーと紅茶こうちゃの入ったカップを持ち上げ、パタパタとイルの顔も見ずに手をって自室に戻った。


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