第3話 赤毛の剣士①



 イルの生まれ育った里はアルカーナ王国の中でもかなり北に位置しており、広大な森の中の奥まった場所に位置していたため生まれてこの方、森の外に出たことがなかった。

 たまにくる行商の人間や、国境をえて森を通過つうかする時に里を経由地けいゆちにする他国の旅人を見るくらいで、同国の人間に出会った事の方が数少ない。

 一族の直系で族長の娘といえど、生活はほぼその辺りの村娘と変わりなく、貴族きぞくなんて見たこともない。

 だが、成り行きで旅の道連れとなった赤毛の剣士、ガヴィが貴族きぞくとしてかなり可笑おかしいことは、さすがのイルでもわかった。


(――貴族きぞくって、こんなのじゃなくない?)


 いくら武人とはいえ、爵位しゃくいのついた中央の貴族きぞくにしてははじめて来た森を問題なく歩けていすぎだし、……何よりも言動が。


「王子、ワリーけど頑張がんばってあるこーな。

 かかえていけないこともねぇけど、なんかあるとけん使えねえから」


 ……おさないとはいえ主君しゅくんだよね?

 え? ……軽すぎない?


 上下の関係などまるで感じないようにポンポンと交わされる会話。

 気さくに話す様は好感が持てるが、それはあくまで一般人いっぱんじん相手の時の話だ。

 別に自分は主従しゅじゅう関係ではないが、……それにしても不敬ふけいではなかろうか。


「全然だいじょうぶだよ! ぼく、がんばれる!」


 しかし王子の方もなんの違和感いわかんもなく返答をしているので、段々だんだん自分の感覚が可笑おかしい気さえしてきた。


「アカツキ! がんばろうねっ」


 アカツキことイルに向かってニコッと微笑ほほえむ。

 イルは尻尾しっぽを軽くって王子に答えた。


「おぉ、すっかりい犬らしくなっちまって」


 ガヴィがわざと肩をふるわせて笑うので、イルは王子には優しく振ったをガヴィにはスパンと打ち付けた。


「なかよしだねぇ〜」


 王子がニコニコと笑うので不本意だがぐっとこらえる。

 この可愛かわいいイキモノにはさからえないが、赤毛の剣士の肩がまだれているのがムカつく。


 だがしかし、

 ガヴィは口は悪いが旅の道連れとしてはとてもたよりになった。

 なんせこの一行は世間知らずのおんな子ども(けもの一匹?)の戦闘力せんとうりょく知識ちしきも低い一行いっこうで、ガヴィがいなければあっという間に野垂のたれ死んでしまう。

 ガヴィはけんうでだけではなく、どんなところでも生きていける処世術しょせいじゅつに長けていた。


 そして何よりも明るい。


 延々えんえんと続く深淵しんえんの森は気が滅入めいるし足はいたい。ふとした拍子ひょうしに森のやみに気持ちが引きずり込まれるような気さえしたが、ガヴィの軽口とカラリとした笑みに助けられている所はたしかにあった。

 加えて、王子と一匹の数歩先を行くガヴィのえる様な赤毛が、暗闇くらやみの中を照らす松明たいまつの火の様にゆらゆらとれているのが心を明るくした。

 初めて会った時、おひさまみたいだと思ったけれど、夜の篝火かがりびにもてるなとイルはれる赤毛を見ながら思った。


頑張がんばって歩けば、今日中には避暑地ひしょちに着くからよ」

「……母上、しんぱいしてるよね」


 しょんもりと王子がつぶやく。

 ガヴィはポンポンと安心させるように王子の頭をでた。


「大丈夫さ。心配はしてるだろうけどな、狼煙玉のろしだまも飛ばしたし王子の無事はちゃんと伝わってるからな」

「……狼煙玉のろしだま?」

「おぅよ。王子を追っかける間際まぎわ王妃様おうひさま付きの魔法使まほうつかいがげてよこしてくれたんだよ」


 狼煙玉のろしだまとは魔法まほうで作った狼煙のろしで、筒状つつじょうの入れ物に魔法力まほうりょくめられている。

 狼煙玉のろしだま魔力まりょくを開放すると狼煙玉のろしだまを作った魔法使まほうつかいの元におおよその場所を知らせるのだ。

 本来の狼煙のろしちがけむりは出ないし、てきがまだ近くにひそんでいた場合、狼煙のろしけむりにより自分の居場所を特定されることもない。

 尚且なおかつ短い意思伝達いしでんたつならば出来るので、ガヴィは狼煙玉のろしだまを使う際に念を込めた。

 王子は無事、と。


 今頃いまごろ避暑地ひしょちにいる王妃おうひにも王子の無事は伝わっているだろう。

 狼煙玉のろしだまの力により捜索隊そうさくたいがこちらに向けて出発しているかもしれない。


「他にもまだ誘拐犯ゆうかいはんの仲間がいるかもしんねぇから、王子を確保かくほした場所からは移動したが、 避暑地ひしょちに向かって歩いてるし、捜索隊そうさくたいが出てりゃその内かち合うだろ。問題ねえ」

「そっかあ〜! じゃあ安心だね!」


 ね〜! とイルの顔を見てにっこりする。


「……まあ、王子の帰還きかんには問題はないわな」

「ん?」


 ポリポリとほほをかいて、ガヴィは気まずそうな顔をした。



 *****  *****



「どーーして?! ヤダヤダヤダ!」


 結果、避暑地ひしょちもどる事にはなんの問題もなかった。


 途中とちゅう狼煙玉のろしだまで大体の場所をつかんだ王家お抱えの魔法使まほうつかいが、移動魔法まほう駆使くしして捜索隊そうさくたいを送ってくれたおかげで半日後には避暑地ひしょちに戻れた。

 屋敷やしきもどり、王妃おうひと王子の感動の対面……

 までは良かったのだが……。


「だからな? 王子。

 流石さすがにこのままアカツキを連れて王都には行けねぇって」


 ガヴィは王子の予想通りの反応に苦笑いだ。


「なんで?! なんでアカツキを連れて行っちゃだめなの?!」


 イルはオロオロとガヴィと王子の顔を見比べた。


「だからよ、流石さすがにな?

 森で黒狼こくろうを拾いました。だからしろに連れていきますってわけにはいかないだろ?」

「拾ったんじゃないよ! 友だちになったんだもん!」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


 王子はもう半べそだ。

 ガヴィはやれやれと王子の前にしゃがみ込んで目線をあわせた。


「…あんな? 王子とアカツキが友だちになったのはおれも知ってるけどよ、

 アカツキはこの通りどっからどう見ても普通の黒狼こくろうだろ?

 人の言葉がわかってもしゃべれるわけでもねえみたいだし、ただの野生のおおかみを自由にしろに入れるわけにはいかねぇって」

「……でも……一緒いっしょにいるって、約束したのに…」


 黒曜石こくようせきのようなひとみからポロポロと宝石ほうせきみたいななみだをこぼす。

 イルは自分の事でなみだをこぼす王子にむねがギュッとなった。

 ガヴィは王子の顔をのぞむとことほか優しく語りかけた。


「……ずっとダメだとは言ってねえよ。

 まずは王子もアカツキもよごれてドロドロだしよ、綺麗きれいにしなきゃなんねえだろ?

 んで、アカツキが王子と一緒いっしょにいても問題ないって証明しょうめいがいるだろ?」


 王子がパッと顔をあげる。


「俺んとこでコイツしばらくあずかってやるからよ。

 ……ちゃんと王子の側にいても大丈夫だって、陛下へいかに言えるようにしといてやるからさ」


 ……だからちょっとだけ、我慢がまんできるよな?


 目線でそう問われて、王子は何度もうんうんと首をたてった。

 かくして、イルことアカツキは赤毛の剣士、ガヴィ・レイの一時預かりとなった。



 ────────────────────────────────


 ☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る