第15話 カレン

 王都に着いて、一週間が経ち、僕はジャック叔父様に呼び出され、学園長室に来ていた。


「カレンから話を聞いた時は驚いたが、アスターならカレンを任せられるな!」


 任せられるって、一日だけ婚約者のフリをする事か? 大げさだなぁ……


「シリウスの継承には、婚約者が必要なのよ」


 学園長室にはカレン先輩も来ていた。

 そんな条件があるのか、フォーマルハウトの継承にはそんなの無かったけど……むしろ、そう言うのは、アルタイルとベガの継承じゃないのか?

 僕が疑問に思っていると、


「まあ、儀礼的なものだがな、星霊の中でもシリウスの力は抜きんでている、だから、結婚させることで、王国に縛る意味もあるのだろう」

「もし反逆したら、結婚相手を人質にするってことでしょうか?」

「そうだろう、まあでも、アスター相手に、それは不可能だろうがな!」


 ジャック叔父様は、笑いながらそう言った。


「その、ジャック叔父様は、僕とカレン先輩が婚約者のフリをする事に抵抗は無いんですか?」


 僕がそう言った瞬間、ジャック叔父様の眉間にしわが寄る。


「カレン、どういう事だ?」

「そっ、その……」


 何だ? 僕は、まずい事を言ったのだろうか?

 ジャック叔父様はため息をつくと、僕を見てこう言った。


「アスターなら、俺も安心できるのにな、カレン、婚約者のフリで済ますつもりか?」

「それは! まだ、アスターくんの事、あまり知らないし、いいなーとは思っていたけど、もっと理解を深めてからっていうか……!」


 カレン先輩は、普段と違い、珍しく焦っているようだ。


「アスターはどうなんだ!」


 まずい、こっちに振ってきた。


「僕はカレン先輩の事をあまり知らないけど、でもカレン先輩が困ってるなら、力になりたいと思います」


 カレン先輩の力になりたい、そう思ったのは、あの時見た、カレン先輩の表情が、昔の僕と重なって見えたからだ。

 ジャック叔父様は僕の表情を見て、少し笑った。


「そうか、でも俺は早く孫の顔が見たいから、二人にはフリじゃなくて、本当に婚約してほしいのだがな!」

「お父さん!」

「ははは……」


 ジャック叔父様の圧力に押され、僕は愛想笑いをする事しかできなかった。




 ジャック叔父様が真剣な表情になり、僕達に言った。


「シリウスを継承させるから、二人とも付いて来い」


 僕達は、ジャック叔父様に先導され、学園の地下にやって来た、地下室は薄暗く、奥の方は見えなかった。


「学園の地下にこんな空間が……」


 僕が驚いていると、ジャック叔父様が叫んだ。


「来い! シリウス!」


 すると、地下室の奥が光り出した、そこには無数の燭台があった、そして、全ての燭台に火が灯った時に、眩い光とともに、星霊シリウスが現れた。


「ジャック、その足はどうしたんだ?」


 シリウスさんは少し笑いながら、ジャック叔父様に問いかける。

 シリウスさんの見た目は、ロングヘアーで筋肉質の女性で、髪と目は燃えるような赤色だ。


「まあ、ちょっとな……それより、シリウスの力をカレンに継承させるぞ」

「そうか、そこの坊やが婚約者……フォーマルハウトか!? へぇー面白い」


 なんだろう、思ってたよりノリが軽いな……


「でも、カレンちゃんが継承して大丈夫なの?」

「いいんだ……」


 ジャック叔父様は苦虫を嚙み潰したように言った。


「あの、カレン先輩に何かあるんですか?」


 僕は気になったので、聞いてみた。


「知らないのか、フォーマルハウト? カレンちゃんには呪いがかかってるんだよ……」

「言うな! シリウス!」

「いや、言うね! 『婚約者』なら知っておくべきだ、カレンちゃんは魔人に呪いをかけられて、学園から出られないんだよ、生まれてすぐに、ジャックに連れられて、学園長室に来た時に呪いをかけられて、それ以降ずっとね」

「なぜ、魔人はカレン先輩にそんな呪いを?」


 僕は疑問に思ったので、シリウスさんに質問する。


「分からないけど、私の予想は、シリウスの力を、学園から動けないようにするためじゃないかな?」


 シリウスの力は一等星霊の中で最も強い、その力を使わせないためか……


「シリウスは四星フォースターズ、つまり世襲だ、継承できるのも、カレンちゃんしかいない、そして、ジャックは、カレンちゃんを産んだあとすぐに亡くなった奥さんに、一途だからね……」


 だから、カレン先輩に呪いをかけたのか……


「もういいだろう! 継承を行う!」

「はいはい、じゃ、二人とも誓いのキスを」

「えっ」


 そんなの聞いてないぞ……

 僕はカレン先輩の方を見る、そこには目を閉じて準備万端のカレン先輩がいた。

 これもフリなんですか? 先輩!

 そう思いながら、覚悟を決めて、僕は目を閉じて、カレン先輩と唇を重ねた。


「はい、継承完了、お疲れさまー」


 僕は目を開けてカレン先輩を見る、カレン先輩の色気のある、紅潮した顔に僕は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「ありがとう……アスターくん……」


 カレン先輩のどこか寂しそうな表情に、僕は何も言う事が出来なかった。

 願い星を使えば、カレン先輩の呪いを解く事ができる、しかし、あと二回使えば、僕は死ぬだろう。

 僕は、カレン先輩の表情に、昔の自分を見た、だからカレン先輩も救われてほしい、一生病院から出ることが出来ずに死んだ、僕と同じ目にはあってほしくない、だから……

 僕は願い星を使う事を決めた、これは僕がそうしたいと思ったからだ。


「呪いは解くことは出来ないんですか?」


 僕は確認のために、ジャック叔父様に質問した。


「方々手は尽くしたが、無理だった、魔人の呪いに詳しい者にも解呪は不可能だと言われた……」


 そうか、なら使うしかないな。

 僕は覚悟を決めた。


「カレン先輩の呪い、僕なら解けると思います」

「そんな、不可能だ……」


 ジャック叔父様は信じてはくれない。


「僕には願いを叶える力があります、その力で、カレン先輩を救ってみせます!」

「冗談はやめてくれ、アスター……」

「私の事はいいのよ、もう諦めてるから……」


 またその表情だ、カレン先輩にそんな顔してほしくない、初めて会った時のような、明るくて可愛い先輩でいてほしい。

 僕は、カレン先輩の事が好きなのかもしれないな。

 願い星を使っても、あと一回余裕はある、大丈夫だろう、僕の願いは、大切な人の笑顔を守りたい、ただそれだけなんだ!


「願い星よ、カレン先輩の呪いを祓え!」


 すると、カレン先輩の体が光り、黒いもやのような物が、カレン先輩の体から消え去って行った。


「呪いの力を感じないぞ!」


 シリウスさんがそう言った。


「本当か!? 本当に呪いが解呪されたのか!?」


 ジャック叔父様は慌てて、シリウスさんに確認する。


「ああ、間違いない、フォーマルハウトが叫んだ直後に、呪いの力が消えた」

「じゃあ、私、学園の外に出れるの……」

「そうだ、よかったな、カレンちゃん!」

「うおおおお! ありがとう、アスター!」


 カレン先輩は僕の方を向いて、微笑みながら言った。


「ありがとう、アスターくん!」

 

 ああ、僕はこの顔が見たかったんだ。


「よかった、カレンせん……」


 僕はそこで意識を失った。




 僕が次に目覚めたのは、学園の医務室のベッドの上だった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 カレン先輩が、ベッドの横にある椅子に座りながら、泣いていた。


「泣かないでください、カレン先輩……」


 僕はベッドから体を起こして、言った。


「でも、アスターくんが死ぬかもしれないって……」


 ステラかメグに聞いたのか?


「大丈夫ですよ、死にません」

「でも、その力、二回使ったら死ぬんでしょ、貴重な一回を私なんかのために……」

「なんかじゃないです、だってカレン先輩は、僕の婚約者ですから」

「そんな冗談言わないでいいから……」


 冗談じゃないんだけどな……


「カレン先輩は僕の婚約者になるのは嫌ですか?」

「嫌じゃない、だってアスターくんは、私の呪いを命がけで解いてくれたんだもの」

「じゃあ、もう泣かないで下さい、カレン先輩に笑っていてほしいから、この力を使ったんです」


 僕がそう言うと、カレン先輩はぎこちない笑みを浮かべる。

 この力を使ったのは、僕の意思だ、カレン先輩に泣き顔は似合わない。


「それで、その、本当に私なんかが婚約者でいいの……?」


 カレン先輩は少し恥ずかしそうに言った。


「もちろん、よろしくお願いします、カレン先輩」

「はい、こちらこそよろしくお願いします……」


 こうして、僕は正式にカレン先輩と婚約者になった。

 ステラとメグに何て言おうかな……

 大切な人を守りたい、一緒に居たいと思うのは、僕の願いだ、だから、この意思を曲げるつもりはない。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る