別れ際 名前を呼んだ君の唇 聞こえなくなる 踏切の音

 割り勘を主張したのに、次回は私が奢るという事で奢られた。次回は……あるのかな。

 仕事の話、お互い趣味、サッカーの話、他にも色々と彼の事が知れて私は幸せな時間だった。紀本君はどう思って過ごしたのだろう。



 帰り道、彼からひとつ告白があった。


「実は、この会社に入ったのは大野さんがいたからなんです」


「ん? どういう事?」


「数年前、企業説明会に現役若手社員のスピーカーとして出てらしたでしょう」


「確か、人事課の同期に頼み込まれてやった事もあったような……」


「俺、その会場に居たんですよ。キラキラした表情で仕事の魅力を語る貴女を見て、この会社だって決めました」


「恥ずかしいな」


 照れながら歩いていくと駅が見えた。


「じゃあ、今日はありがとう」


 手を振って別れようとしたら……


「あのっ」


 いつも余裕のある紀本君が、切迫した表情をしている。


「…… 真琴さん」


 彼が私の名前を呼んだ。

 もう一つの告白。

 聞こえていた踏切の音が聞こえない。

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