閑話休題 弐 【紫月と蘇芳】(☆)
昔がたり・弐 (一)(☆)
※「序 ー始まりの為の終焉ー」から半年ほどのちの話です。
紫月が父と義兄、彼らに従う家臣団を追放し、領主の座に就いてから半年が経とうとしていた。
新たに家臣団を編成、先の戦後処理が落ち着いた後、領内の視察を増やし、必要とあれば法の改正や戦に備えて城下や治水工事を行ったりなど、内政強化に努めた。
勿論、まだ半年では良き結果に至れる筈などない。だが、半年前よりは民の表情に明るさが戻りつつある、と、紫月及び彼の家臣団一同は信じたかった。
先の戦で撃破したため、南条と属国数カ国は立て直しに時を費やしている。
あの大国南条を、しかも連合軍を、明らかな戦力不足状態でありながら撃破した尾形軍に周辺国も衝撃を受けると共に、警戒し、しばらくは様子見を決め込んでいる。
よって、国境付近での小競り合いこそあるものの、少なくとも年内は戦は起きないだろう。
だが、戦を仕掛けられるより、ある意味難儀な事態が尾形家へ降りかかっていた。
濡羽城の二郭には紫月の馬廻衆たちの居室がある。
平時の職務を行い、生活の場としても使用し、中には家族ごと二郭で暮らす者もいる。
馬廻衆の一人となった伊織にも二郭に居室が与えられたが、彼の場合は祐筆の仕事の際のみ使用していた。生活自体は住み慣れた城下の自邸の方が過ごしやすく、この居室で寝泊まりすることはほとんどない。ほとんどなかったのだが……、ここ二日ほどは珍しくここで過ごしている。
文机に向かい、紫月に届いた書状数枚と、書きかけの書状を見比べる。筆管の角で頭を掻き、さてどうしたものかと眉を寄せる。
「失礼するよ」
引き戸が開き、振り返ると周が入ってきた。
「珍しいのう。其方が二郭まで来るとは」
「伊織がここに丸二日籠っているって、典医から聞いてね。邪魔した?」
「いいや?逆に良い気晴らしになりそうじゃ」
伊織は腰を上げると、周に居室の奥側へ座るよう促し、自らは戸に近い側へ座り直す。
「今日は典医と喧嘩しなかったようだの」
「んー?まあねー、今日は薬の調合について意見合致したし……、って、何でわかるの」
「儂の噂話が出る程度には雑談交わしたのじゃろう?」
「伊織には神通力でもあるのかな?」
そんなもの、あるわけなかろう!と噴き出せば、頭を捻りすぎてキリキリしていた
「冗談はさておき。珍しく二郭に籠るくらい、伊織が書状の返事に悩む方が珍しいんじゃない?」
「ただの書状であれば、この数ならものの小半刻で書き上げられる。ただの書状であれば……」
文机の書状を伊織が嫌そうに横目にすると、その視線の先を周が追う。
「もしや、周辺国から紫月様への縁談の申し入れ?」
「同盟国から対立国、果ては縁も繋がりもなかった国まで多岐に渡る。ちなみに……、南条家からも」
「は?南条が?」
「末の
「面の皮が厚いことこの上ないね。南条の末姫って、まだ十にもならない童女でしょ。紫月様は来年二十二になる訳で、いくらなんでも釣り合わない。南条の姫でなくても、未熟な幼子を正室に迎えたら、領地改革に心血注ぐ紫月様の負担が増えるだけ」
「無論、南条家からの申し入れは断る所存……、だが」
言おうか言うまいか、一呼吸置いて考えたのち、伊織は躊躇いがちに切り出す。
「紫月様の意向を汲んだ場合、軋轢を生まずに、すべての縁談話を断わることになる。政略による縁談は最もあの御方が厭うことだしのう」
「だから珍しく悩んでたってこと」
「同盟を拒絶するようなものだし、下手をすれば戦に発展しかねぬ」
「大名が政略以外の理由で妻を迎えるなんて聞いたことないのにね」
困ったものだ、と、伊織だけでなく、終いには関係のない周まで共に頭を悩ませた。
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