行雲流水のごとく
(一)
「こらぁ!隠れてろっつっただろうが!」
賊たちの面前まで飛び出しそうなみぃを、寸でで押しとどめる。
当然じたばたともがかれたが、周と違って体格の良い樹の腕からは簡単に逃れられる筈もなく。
なけなしの抵抗とばかりに思いきり腕を噛まれても、痛みを堪え小さな身体を抑え込み続けた。
「はなして!あたいのせいで、この郷がひどい目に遭うなら……」
「
地面に伏す何人かが、緩慢な動きで顔を上げ、あっ……と間抜けな声で次々呻く。
顔の左半分いっぱいを覆う当て布へ視線が集中し、みぃはふいと不機嫌そうに顔を逸らす。
「な、なんだ、あれは……」
「きいて、ないぞ……」
「間抜けどもが。お前らがあんまり顔、顔って言うからてめぇで焼いちまったんだよ!もうわかっただろ?!お前らがこいつに求めてる価値は一切ないんだよ!!」
我ながら相当に酷い科白を言っている。
わりぃな、と、みぃだけにぼそっと謝罪すると、怒った顔は変わらずとも頭を振ってくれた。
「……でも、樹があたいのために血まみれで戦う必要もないんじゃ」
「はぁ?おめぇにしちゃ謙虚っつーか、弱気っつーか……、ともかくだ」
大金が手に入る当てが大いに外れ、却って逆上したらしい賊たちが、殺気を迸らせ続々と立ち上がり始めた。
みぃを抱え、じりじり数歩分後退。怖気づいたかと勘違いした賊たちは殺気を込め、嘲笑する。
「おめぇはもうこの郷の人間だ。ガキの癖に罪悪感やら責任やら感じてんじゃねぇ」
「樹」
「ガキはおとなしく護られとけ!」
腕の中からみぃを背後へとおもいきり突き放す。よろめいても、いつの間にか周が真後ろに控えている。
「槍はあんま得意じゃねぇんだけどな」
「ご謙遜だねぇ」
「うっせぇ。さっさとみぃ連れて、小屋ん中戻れよ!」
「はいはい。じゃ、みぃちゃん、中入るよー。どうせ樹が全部片づけといてくれるでしょ」
「はよいけ!」
樹が周に激高すると同時に、再び斬りかかってきた賊たちが襲いかかってくる。
満身創痍な上に動きはガタガタ。集団の癖に統制も連携も全く取れていない。
戦場での乱戦状態ですらここまでひどくない。死と隣り合わせ、気が狂いそうな程の緊張が常の戦場では到底比なんかじゃない。かといって、絶対に気を抜くつもりなど毛頭ない。
長槍を大きく回転させ、連続で縦横に振るう。生死に係わらず、二度と立ち上がれなくさせなければ。護るべきものを護るために。
「あいつの口から『護る』なんて言葉、また聞くことになるなんてね」
鬼神の如く暴れ回る樹を、半分だけ閉ざされた戸口の影からじっと見守るみぃの隣。
自ら蹴り外した戸口を立て直す周が、淡々とつぶやいていた。
(二)
賊の襲撃から更にひと月以上が経過した。
樹の『やわじゃない』との言葉通り、あの夜の賊と応戦した郷の男衆は皆軽い怪我を負う程度で済み、むしろ賊の方に大怪我を負わせるほどであった。
みぃを奪いに来たという理由も皆知っていたが、一様に『いたいけな娘っ子ひとりくらい余裕で守れる』と平気で笑い飛ばしていた。
みぃの火傷も完治にはまだ至ってないものの、瘡蓋は剥がれつつある。完全に剥がれたら郷の老夫婦の元で暮らす予定だ──
「その予定は一体全体どうなってやがんだ?!」
葉が枯れ落ち裸になった樹々の枝葉から、薄曇りの冬空と淡い陽光が降り注ぐ山道。
雪混じりの地面を覆いつくす枯葉をかさかさ踏みしめる音が大小合わせて二人分。
厚手の外套を纏う樹は足音荒く、道なき道をさっさと突き進みつつ……、時折、後ろを振り返り、笠の隙間から後方をちらと確認。
「樹、速い。もっとゆっくり歩いて」
「おめぇがおっせーんだろうが?!」
樹に怒鳴られてもどこ吹く風。
樹と似たような小さな笠、小さな外套を纏い、杖をつく
どうしてこうなったのか。
そんなことは樹の方が訊きたい。
みぃの火傷が完治するまでは郷に留まるつもりではいた。
少なくとも年が明けるまでは戦も起きないだろうと見越して。
しかし、そうは問屋が卸さない。
あるとき城館に呼び出され、『当分戦がなかろうと各郷への軍事演習を怠るな』と領主・尾形紫月直々にお叱りを受けてしまったのだ。(『うるせぇ、ガキの頃の黒い歴史吹聴して回るぞ』と喉元まで出かかったがさすがに堪えた)
かくして各郷への演習のため、放浪生活再開となった──、が。
まさか、みぃが勝手に後を追ってくるとは思いも寄らなかった。
当然追い返そうとしたが、すでにあの郷からは随分距離が離れてしまっていたし、みぃを送り返しに戻ることで予定が大幅に狂ってしまう。
ならばいっそ今回だけは連れて行き、次の郷へ行く前に送り返すと決めた。
「おら、みぃ。早く来い。ちび助の脚に合わせんの面倒くせぇんだよ」
渋々手を差し出せば、とてて、と軽い足音立て、みぃは駆けてくる。
犬っころかよ。ふ、と笑みを漏らした樹の表情は、いつになく柔らかかった。
行雲流水のごとく(了)
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