侵入者
周の屋敷は見晴らしの良い高い土地にあり、郷全体をある程度見渡すことができる。
暗中の眼下にぽつぽつと火の玉に似た松明の炎。郷人の諍う声や悲鳴。あちこちで響く剣戟。
郷を囲う高い柵を越え、武器を所持した何者かが侵入した。しかも複数人。
思っていたより数が少なそうで安堵したが、飛矢のごとく樹は緩い勾配の道を駆け下りようとして──、踵を返す。
ちらちら闇に浮かぶ赤い光がこちらへ移動しつつあったからだ。
もう一度家中へと駆け戻り、入口の引き戸を開ける。囲炉裏の火が消えた薄暗い主殿では、樹と入れ違いで異変を知らせに来た郷人と周とで、みぃを開き戸の薬棚の中へ隠している最中だった。
「みぃちゃん、何が起きてもここから絶対出てこないように」
「周。おめぇらも逃げるか隠れるかしとけ」
周の双眸がスッと更に細くなり、完全に表情が消し去られた。
「何人いるの」
「ざっと確かめた感じで五、六人」
「じゃあ
「ちょっと待て!周、おめぇ、何する気……」
「申し訳ないが、俺たちが戻るまでその子供と一緒にこの家に隠れていてもらえるかな?本当に危険察したら、その子を連れて裏の山へ逃げていいから」
郷人が張り詰めた顔で大きく頷くと、周は静かに草鞋を履き、戸口に立て掛けた火縄銃を手に取った。
「いや、だから……、話聴けよ!
「だから牽制だけだってば。樹も手伝ってよね」
「あのなぁ!」
周と押し問答繰り広げつつ、再び緩やかな勾配を駆け下りていく。
松明の光が鮮明になっていくにつれ、悲鳴を上げて逃げ回る女たち、怒号を上げて必死で抵抗する男たちの姿が間近になっていく。
樹との問答をやめ、周は慣れた手つきで火縄に着火、胴薬と弾丸をカルカで押し込む。
発射までの一連の作業を手早く踏み、樹が止める間もなく、周はあと少しで年老いた郷人を刀で押し込みそうだった賊の側頭部を撃ち抜いた。
「あ、周様……」
「爺さま大事ない?」
腰を抜かした郷人に手を差し出し、助け起こしてやると、必死の形相でしがみつかれた。
「な、中に、ま、孫が……」
踏み荒らされた畑の奥、板葺き屋根の小屋を郷人は泣きそうな顔でちらちら見やる。
「相分かった」
「周!」
引き止めようとする樹にかまわず、荒らされた畑の横を通り抜け、周は再び発射の準備をすると、わざと乱暴に家の戸板を蹴り開ける。
樹が駆けつける間に銃声が一発鳴り、駆けつけた時には事切れた賊、泣きじゃくる幼子二人を宥める周の後ろ姿があった。
「おめぇなぁ、ほぼ隠居状態なのに無茶すんなよ」
「失敬だなぁ。年寄り扱いやめてくれない」
樹に続いて小屋に入ってきた郷人に幼子を預け、二人は出ていこうとした。
しかし、不穏な気配が急激に濃くなり、揃って半分開いた戸口を睨む。
戸口の周囲に賊たちが集まりつつある。
「うっらぁあああ!」
雄叫びと共に、樹が周の横を風のようにすり抜け、賊たちの前へと躍り出る。
余りの勢い良さゆえに、戸口の向こうに集まった賊たちは完全に意表を突かれ、反応が出遅れた。その、ほんのわずかな短い隙を狙い、三発目の発射準備を終えた周が引き金を引く。
弾は群れの最前列にいた賊の一人の脚に当たり、どう、と崩れ落ちていく。賊たちの纏う空気に怒りと恐怖が綯い交ぜになり、再び乱闘が始まるかと思われた──、けれど彼らは一人も武器を構えようとしない。
こいつら何しにきた?と不審に思い、抜刀したまま樹は問う。
「てめえら。この郷に何しにきた」
「我らは奪われた分奪い返しにきた。それだけだ」
「奪うぅ?」
賊の中より、ひとりの男が樹たちの前に進み出てきた。
殺気立ち、臨戦態勢の他と違い、落ち着き払った物腰、身につけた胴丸も使い込まれてはいるが物は良い。刀の柄の装飾も手が込んでいる。元はそれなりの身分ある武士だったかもしれない。
「この訛りは元南条のやつらか?」
「いかにも」
柄を握る手に力が籠る。
「女衒と他の娘らはともかく、あの小娘は生かす価値があったゆえ、命まで奪うつもりはなかった」
「てめぇら、あの時の野盗共のお仲間ってか。けっ、奪い返しに来たっつってもどっかの女郎屋には売る気満々なくせに。みぃが言ってたぜ?器量がどうとか言われて自分だけ助かったって。格好つけた物言いなんぞやめろや」
「では単刀直入に。あの小娘を我らに返せ。あれは高額な資金を生み出せる」
「断る。みぃを売り飛ばした金で糞野盗どもに無駄な力蓄えられちゃ困るしな!」
「ほう、この郷がどうなってもいいと……」
皆まで言わせず樹は高く跳び、賊たちの頭上へ突っ込んでいく。
夜闇にぎらり、白刃が渾身の力で振り下ろされ、賊たちは一斉に樹の着地点から飛びずさる。
「なんだぁ?引け腰になってんじゃねぇよ。
背後から苦無が数本飛んできた。
腰を落とし、頭上で剣を一振り、叩き落とす。
なんでもありかよ、と咥内でつぶやくと、長槍と刀が同時に斬りかかってくる。力任せに大ぶりの動きで横へと薙ぐ。
動きの大きさに引っ張られ、刀が手から滑り落ち──、即座に賊の誰かが取り落とした長槍を奪い取り、反撃の間すら与えない速さで連続で突き入れる。
最後のひと突きを終えると、賊のほとんどは虫の息。しかし樹の呼吸は乱れていない。
「……、ここで我らを倒したとて」
先程まで樹と対話していた男も例に漏れず。地面にきつく指を食い込ませ、ただ憎々し気に樹を睨むだけで起き上がることもできない。
「言っておくがなぁ、この郷の連中は俺よりは弱いってだけでてめぇらの想像なんかよりずっと強い。郷を護るためなら鬼にも豹変するぜ?」
樹が視線を向けた先、暗闇に点在する松明の火が消え続けている。
松明の近くで応戦中の人影たちの声が、怒声や悲鳴から徐々に歓声に変わりつつあった。どうやらあちらも決着がつき始めている。
「周!下手な鉄砲なんざとっととしまって、みぃのそばへ行けよ!」
「了解。まぁ言われなくてもそのつもり。あと、久しぶりなだけで下手にはなってないよ」
「どーだかなぁ!」
「はいはい。あっ、捕縛用の縄いるねぇ」
周は半分外れた戸口から中へ一旦姿を消し、すぐに縄を手に戻って──、こようとして足を止める。
「みぃちゃん!?」
薬棚に閉じ込めていた筈のみぃが、樹や周、賊たちの元へ向かい、駆けてきた。
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