昔がたり・壱 (中編)(☆)

(一)




 ──遡ること、十二年前──



 どさり、どさどさっ。


 筵で簀子巻にされた男たちが、城下に近い郷の奉行所門前に投げ込まれた。

 呆気に取られる門番たちへ、「殺しちゃいねぇ。気ぃ失ってるだけだ」と投げ込んだ若者が言う。

 無造作な総髪に結った硬めの剛毛、六尺を越える大柄な体格に加え、ギラギラと鋭い目つきに門番たちは一瞬たじろぐも、鮮やかな朱の地に流水、鶴の刺繍をあしらった女物の小袖を羽織り、片側が白黒市松模様、もう片側が白地の男物の小袖を着流す派手な様相に、「またお前か!!」と怒鳴りつけた。

 傾奇者の若者こと樹は、うるっせーな、と機嫌を傾ける。


「ああ?またって何だよ、またって。こいつらがよぉ、郷の娘にしつこく絡んでひと悶着起こしてたから、とっ掴まえたんだっての」

「そのようなつまらぬことでいちいち奉行所へ連れてくるな!」

「んだと?!てめぇ、面貸せや!!」


 一触即発。今にも樹は門番の胸倉掴みかねない。

 すると、「んんん?つまらぬことはなかろうよ~」と、場にそぐわない呑気な声が樹の背後から聞こえてきた。

 量は多くも柔らかな髪を樹と同じく総髪に結い、これまた六尺近い長身の若者が、八重歯を覗かせ、へらへら笑いながら樹と門番の間に入る。

 明るくも濃い萩色の地に菊模様の女物の小袖を羽織り、浅黄色の男物の小袖を着流すこの若者こと伊織は、気の抜けた笑みのまま続ける。


「収穫期に加え、戦続きで男手が圧倒的に足りぬ中、身を粉にして女子たちは働いておる。そのような多忙を極める中、暇を持て余す浪人風情が邪魔立て……、どころか、拉致しようとしてすらおった。言語道断、十二分に罪に値しよう。のう?樹」

なげぇよ。長ぇが、言ってることは間違ってねぇ。つー訳で、こいつら牢にぶち込んでおいてくれ」

「お、おい、こら!勝手に置いてくな!!」

「騒々しい。何事か」


 呆れを含みつつ落ち着いた声が門番たちの背中越しに響き、振り返った彼らの顔に緊張が走る。


「お、お奉行様……」

「また貴様らか。今度は何をやらかした」

「やらかしたのは俺らじゃねぇ。この狼藉もんたちだよ」

「捕縛ご苦労。だがしかし、それは貴様らの仕事ではない」

「そうかよ。おめーらの仕事なんて、せいぜい御館様方のご機嫌取りかと、俺はてっきり思ってたぜ」


 無礼者!とどこからか怒鳴られたが、樹は挑発するように肩さえ竦めてみせる。

 だが、齢十八の若造の安い挑発など、父親程年の離れた者には柳に風。却って憐れみの目を向けられる始末。


「そのご機嫌取りすらできず、未だ仕官の声もかからず。斥候役くらいしかお鉢が回って来ぬ貴様が言えたことではない」

「なっ……」

「貴様もだ、伊織。譜代の家の嫡男であるにも拘らず妹婿に家督を譲り、自ら分家となるなど酔狂にも程がある。やはり貴様は考えなしの阿呆だ」

「阿呆とは酷いですのう」


 奉行に掴みかかりそうな樹を羽交い絞めしながら、伊織は苦笑する。


「やはり、跡取りに相応しいのは月若様ではなく紅陽様の方だ。月若様が美しき神童と名高くとも、側近となるであろう貴様らが阿呆揃いでは尾形が衰退するわ」


 終いには、憐れみと侮蔑を交えた目を奉行から向けられ、二人はほぼ強制的に門前から追い払われた。





(二)


 郷から城下に戻り、街道沿いの茶屋へふたり、どかりと軒先の縁台に腰を下ろした。


「あー、ちくしょう。腹立つ!伊織、今度あいつ郷の奉行の屋敷忍び込んで鯉盗ってやろうぜ。そんで周に食わせて……」

「やめておけやめておけ。良くて蟄居、最悪切腹となるやもしれんぞ?ただでさえ、儂らは鼻つまみ者。あと、儂や周まで巻き込むな?」

「あ?冗談だ、冗談、本当にやるかよ」

「其方の事ゆえ怪しいのう」


 のほほんと、団子をもちゃもちゃ食らう伊織の姿に、「ガキみてぇな食い方」と樹は悪態をつき、蕎麦湯を啜る。にしても、この蕎麦湯、本当に蕎麦粉が入っているか疑わしい程味がしない。ほとんどただの湯だ。伊織の団子も以前のように餡子ではなく味噌を代用。その味噌も申し訳程度にしか使われていない。


 戦・戦・戦の、戦続き。

 足りないのは男手だけじゃない。

 国に行き渡る筈の食糧も年々減り続けている。

 樹たちが幼い頃は賑わっていた街道沿いも、今では半数以上が店仕舞い。茶屋と名の付く店はこの一軒しか残っていない。


 戦は勝ち続き、領地自体は確実に拡がっている。が、領地拡げることばかりに注力し、運営はうまくいっていない。

 海も山もあり、気候も比較的温暖。本来は肥沃な土地柄だというのに、特にここ数年は不作が続く。各郷々の人々の嘆きも日増しに大きくなっている。


 だからと言って、樹たちにはどうすることなどできない。

 他国へ嫁いだ杜緋に代わって彼女の同腹の弟、月若が樹たちの直属の主君となる。ずっと信じて疑わなかったのに。


『月若には仏門に入ってもらう』


 紅陽との後継者争いを避けるべく、月若と杜緋の生母は決断し、月若は近々縁の寺へと入る。


 何もかもが気に入らない。


 苛々と、味のない蕎麦湯を一気に飲み干すと、樹はさっと立ち上がる。

 ちょうど伊織も団子を食べ終わり、蕎麦湯を飲み干したようだ。


「帰る」

「周のところに寄らんのか?」

「気が変わった。あいつの嫁さん、また身体の調子悪くしてるんだろ?んな時に気ぃ遣わせんのも悪ぃしよ」

「たしかに」

「ああ、伊織。暇ならうち来ていいぜ?」


 伊織は少し考えると、「蘇芳殿は息災か?」と尋ねてきた。


「……ああ、一応は息災にしてる」

「そうか。ならば、少し邪魔させてもらおうかの」


 よいしょー!と、大仰に伸びをすると、伊織も縁台から立ち上がった。

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