第52話 答え合わせ
それから暫くは、激動の毎日だった。
外交先から戻ったフィナンシェ王は崩壊した町を見て愕然とし、半壊している玉座の間を見て気絶してしまった。
その後、ロイから事の顛末と、ナルキッソスの正体について一部始終を聞いたフィナンシェ王は、自身の非を認め、これからは内政もしっかり行うと約束した。
これから今まで好き放題やって来たかなりの数の貴族が粛清されるらしいが、ロイにとってはどうでもいい話だった。
それより魔物にならずに事件解決に尽力した冒険者の待遇と、街の人々の生活が見直されるという話の方が重要だった。
この国に住む皆が笑って暮らせる国に変わるなら、それで充分だった。
数多くの人が犠牲となったが、首謀者のイリスはブルローネ侯爵頭首として、闘技場から逃げようとした魔物を街に出さないように尽力して命を落としたということになった。
この件で闘技場の興行も見直しの対象となり、フィナンシェ名物であった魔物を使った闘技大会もその長い歴史に幕を閉じる事になった。
※
ナルキッソスの事件から一週間、街の復興は着々と進み、人々にも活気が戻り始めた。
レギオンとの戦いで負った傷の回復を終えたロイは出立の前にある人物と会うため、かつてリリィと話した高台から復興作業を眺めていた。
「お待たせしました」
闘技場の解体作業を見学していると、いつもの燕尾服に身を包んだカーネルがやって来てロイの隣に立つ。
ロイは国を去る前にどうしてもカーネルと話をしたくて、彼をここに呼び出していた。
「すみません、忙しいのに呼び出してしまって」
「いえいえ、お気になさらずに……それで、お話と言うのは?」
「その前に、あの子は元気ですか?」
あの子とは、言うまでも無くヴィオーラ・ゼルトザームの事だ。
「ええ、この間、ようやく目を覚ましました。ただ……」
カーネルは表情を曇らせると、悲しげに目を伏せる。
「あの子が目を覚ました時、生まれてからこれまでの記憶を全て失っていました。日常会話程度ならできますが、それ以外の事は自分の名前すら……」
「そうですか……」
だが、ヴィオーラの境遇を思えば、その方が幸せかもしれなかった。
ロイは湿っぽくなってしまったことをカーネルに詫びると、本題を切り出す。
「実はナルキッソスについて、どうしてもわからない事がありまして……」
「ナルキッソス……ですか?」
訝しげな表情を浮かべるカーネルに、ロイは彼の目を見ながら話す。
「はい、どうしてナルキッソスは、人攫いの現場にカードを残したのでしょうか?」
「それについては、実行役の冒険者が人攫いをしていたゴロツキと繋がっていたから、何らかしらの不手際で現場に残されてしまった、という結論に至ったのでは?」
「いえ、それはあり得ません」
カーネルの言葉を、ロイは即座に否定する。
ロイはナルキッソスの実行役、グラースと面識があったが、彼は人攫いなんて卑劣な行為はしていないと断じていた。
その言葉を信じるなら、グラースたちは人攫いをしていた街のゴロツキとは面識が無かったことになる。
今となっては確かめる術はないが、ロイはあの言葉に嘘は無いと確信していた。
「……ふむ、では勇者様はどうお考えなのですかな?」
「ここからは俺の推測ですが……」
そう前置きして、ロイは話を続ける。
「人攫いの現場にカードを置いたのは、カーネルさんじゃないんですか?」
「…………」
ロイからの問い掛けに、カーネルは表情も変えず、沈黙を貫く。
黙るカーネルを気に留めず、ロイは自身の推理を話す。
「カーネルさんはナルキッソスの正体がイリスさんだと、イリスさんの本当の目的を知っていた。だから、彼女をある程度泳がせ、切り札としてカードを用意した」
事件が起きた時、最初に現場に駆けつけるのは憲兵だ。
憲兵なら世間に公表する時に、ある程度の情報操作はできる。
それこそ、無かった物をあったとするのは容易い。
そして、カードの噂を操作する事で、ナルキッソスは悪徳貴族の財産を狙う義賊……ではなく、金の為ならば人も攫う悪党だという印象を世間に植え付ける事ができた。
後はナルキッソスを捕まえる立役者として、ロイを召喚した。
ロイは思惑通りナルキッソスを捕まえ、実直勇者の名に恥じぬ正義感を振りかざして悪徳貴族の取り締りにも成功した。
「今思えば、イリスさんの家をナルキッソスが狙ったのも、カーネルさんがナルキッソスを焚きつけたからじゃないんですか?」
そこまで話を聞いたところで、カーネルが肩を震わせながら笑う。
「ホッホッ、いくら何でも深読みし過ぎです。わたくしが貴族の傍若無人な振る舞いを断罪する為に、この国に恨みを持つイリス様を利用し、さらには勇者様すらも利用したと?」
「あり得ないですか?」
「あり得ません。そもそも、どうしてわたくしが、イリス様がこの国に恨みを持っているのを知っているのですか?」
「それはカーネルさんが、イリスさんがヴィオーラ・ゼルトザームだと知っていたからです」
「――っ!?」
ヴィオーラの名前を出した途端、カーネルの表情が変わる。
どうしてそれを。と声に出さずに呟くカーネルに、ロイが解答を告げる。
「前にイリスさんの家が狙われていると教えてくれたとき、イリスさんの事を孫も同然だと言いましたよね? あの時、少しおかしいなって思ったんですよ」
イリスの見た目はどう見ても成熟した大人の女性だ。
カーネルがイリスに特別な感情を抱いていたとしても、普通ならばそこは「娘」と言うべきではないか。
しかし、イリスの正体を知っていれば、彼女がまだ十二の少女だと知っていれば、充分に「孫」で通じる。
ロイからの言及に、カーネルはお手上げといった風に手を上げた。
「まさかそんな一言を勇者様が覚えているとは思いませんでした。それで、どうしますか? わたくしを暗躍者として王に告発なさいますか?」
「そう……ですね」
カーネルからの質問に、ロイはおとがいに手を当てて考える。
「きっと今までの俺だったら、カーネルさんを告発していたと思います」
誰かを騙す、嘘を吐くような卑怯な真似は正さねばならない。
幼い頃から正しい勇者としての教育を受けて来たロイにとって、毒を以て毒を制すようなカーネルの行いを認めることは難しい。
だが、ロイの信じる道が……受けた以来を素直に解決することもまた正解とは限らない。
少なくとも前にフィナンシェ王国に訪れた時、ロイが色んな人と情報に触れていれば、王の病気の裏で暗躍していたブルローネ家の闇に気付けたかもしれないし、取り潰しになってしまったゼルトザーム家の人々を救えたかもしれなかった。
今回の件に関していえば、カーネルが裏で暗躍していたからこそ、イリスによるフィナンシェ王国壊滅の危機を回避で来たともいえる。
ロイとカーネル、どちらが正しいということはない。
問題に対する正解は、一つとは限らないのだ。
「皆を笑顔にするために、色々な方法があると学ばせていただいたので、今回の件は俺の胸に秘めておこうと思います」
そもそも今回のカーネルとの問答は、ロイが自己満足の為に勝手に起こした行動だ。
ロイとしては、疑問さえ解消できれば満足だった。
「でも、カーネルさんの思惑に乗ったままなのは癪なので、一つだけ約束してください」
「……何ですかな?」
警戒するように佇むカーネルに、ロイは手を差し伸べて笑顔で話しかける。
「どうかあの娘を、ヴィオーラの事を幸せにしてあげて下さい」
「……わかりました。この命に代えてもあの娘を幸せにしてみせます」
カーネルは恭しく頭を下げると、ロイの手を硬く握り返した。
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