第51話 戦いの終止符、新しい夜明け
ロイがデュランダルを振り抜いた瞬間、世界が止まった気がした。
技を放ったロイも、壁から抜け出そうとしていたレギオンもピクリとも動かない。
事の顛末を見ていた女性陣も、勝負の結果を案じて呼吸すら忘れて見守っていた。
止まっていた時間は僅かであったが、結末は唐突に訪れる。
レギオンの巨体に青白い光が横一線に入ったかと思うと、そこから世界が分断されたかのように斜めにズレ始めたのだ。
さらに被害はレギオンだけに止まらず、後ろの闘技場、さらには空に浮かぶ雲にまで及び、全てを二つに分断しようとしていた。
空間を断ち、世界から切り離す。正にその名が示す通りの凄まじい威力を秘めた剣技だった。
「これで……終わりだ」
ゆっくりと崩れていく魔物を見ながら、ロイは愛用の剣を背中に戻した。
レギオンが倒されると同時に現れた魔物たちも次々と活動を止め、フィナンシェの街は静けさを取り戻していた。
闘技場内には、それだけで一生遊んで暮らせると思われる、レギオンが倒れたことことによる金の海ができていた。
夜の闇の中にあっても眩い光を放つ金の海を、ロイはゆっくりと歩く。
「見つけた」
金の海の中心に人影を見つけ、ロイは急いで駆け寄る。
ロイは人影のすぐ脇に跪いて抱き起こすが、その人物は予想とは違う姿をしていた。
「この子はイリスさん……なのか?」
ロイの腕の中で眠るのは、年端もいかない少女だった。
だが、目鼻立ちやアッシュブロンドの髪など、イリスと酷似している点はいくつもあった。
もしかしなくても、この少女は本来の年齢に戻ったイリス……いや、ヴィオーラ・ゼルトザームなのだろう。
ロイはヴィオーラの胸元を見て、小さく呼吸をしているのを確認して安堵の溜め息をつく。
「あだっ!?」
そのままヴィオーラの寝顔を見ていたら、誰かに後頭部を叩かれる。
驚いて後ろに振り返ると、三白眼で睨む女性陣と目が合う。
「ロイ……いつまで幼女の裸を見ているのよ」
「ロイのえっち! 早く何か着せてあげなよ」
「あ? ああ……確かに裸のままでは風邪をひいてしまうな」
ロイは女性陣の言葉に従い、マントを脱ぐと、一糸纏わぬ姿のヴィオーラの体に巻きつける。
ヴィオーラの素肌が隠れたところで、エーデルが感心したように口を開く。
「本当によく助け出せたわね。ロイはイリスさんを助けられる確信でもあったの?」
「確信? 勿論あったさ」
ロイはヴィオーラを抱き抱えると、移動しながら確信の理由を話す。
「イリスさんは他の人と違って魔物になったんじゃなくて、魔物に取り込まれただけだったからね。ならば完全に吸収、合体される前にレギオンを倒せば救い出せるはずだってね」
「なるほど……それは盲点だったわ」
「気にするな。誰にだって失敗はある」
素直に謝るエーデルに、ロイは気にしてないと笑顔で応えた。
疲労困憊のロイたちは互いを支えるように、足を引き摺るようにして闘技場の外へと出る。
すると、
「皆様、大丈夫ですか!」
スラム街の方から、カーネルが部下を引き連れてこちらにやって来るのが見えた。
近くにやって来たカーネルは、闘技場の惨状を見て絶句するが、どうにか頭を切り替えてロイへと話しかける。
「どうやら、もう既に終わったみたいですな」
「ええ、そちらも?」
「お陰様で……犠牲は少なくありませんでしたが、どうにか国を守る事ができました。ですが、ここを見る限り、皆様に一番の大仕事を押し付けてしまったようですな」
恭しく頭を下げて、カーネルは改めて感謝の言葉を述べる。
顔を上げたカーネルは、
「――っ!?」
ロイが抱えているヴィオーラを見て目を大きく見開く。
「ところで勇者様、そちらの少女は?」
「あの……これはですね……」
ロイは、ヴィオーラについて何て説明したらいいか解らず口を濁す。
それを見てカーネルは何かを察したのか、
「あの、勇者様。申し訳ありませんが、その少女をこちらに引き渡してくれませんか?」
再び腰を折り曲げ、ロイへと懇願する。
「絶対に悪いようには致しません。わたくしの命に代えても、その少女を守って見せます」
「命に代えても……ですか?」
「はい、このカーネル・エテルノ。冗談は言っても嘘は申しません」
カーネルは顔を上げると、真摯な表情でロイを見つめる。
「…………」
「…………」
二人はそのまま暫く視線を合わせていたが、
「わかりました。お任せします」
ロイはカーネルを信じ、ヴィオーラを託す事にした。
ヴィオーラを受け取ったカーネルは、彼女を一刻も早く安全な所に運ぶと言い残して去って行った。
「ロイ、いいの?」
「ああ、カーネルさんは心から心配しているようだった。間違っても悪いようにはしないさ」
エーデルからの質問に、ロイは力強く頷く。
「イリスさん……いえ、ヴィオーラ。今度こそどうか幸せに……」
立ち去っていくカーネルたちを、優しげな眼差しで見守っていると、
「ねえロイ、あれ見てよ」
何かに気付いたリリィがロイの袖を引っ張る。
エーデルとともに、リリィが指差す方へと顔を向けると、
「おおっ」「わあ……」
闘技場の崩れた瓦礫の向こうから、朝日が登って来るのが見えた。
一日の始まりを告げる日の光の眩しさに、ロイは思わず双眸を細める。
「これで……終わったんだよね?」
陽光を浴びながら、リリィが感慨深げに呟く。
少し涙ぐんでいるリリィに、ロイは励ますように肩に手を置く。
「ああ、終わったよ。俺たちが、この街を守ったんだ」
「……ボクもその中に入ってていいのかな?」
「何言ってんだよ。俺たち、一緒に戦った仲間だろ?」
仲間……その言葉を口にした途端、リリィの大きな瞳から涙が溢れそうになる。
しかし、リリィは溢れてきた涙を慌てて拭うと、満面の笑みを浮かべてみせる。
「ロイ、ありがとう……本当に、ありがとう」
その笑顔は、太陽のように眩しい笑顔だった。
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