第50話 勇者と聖剣
レギオンによって吹き飛ばされたロイは、崩れた瓦礫の下で死の淵を彷徨っていた。
血を流し過ぎた所為か視界は霞み、呼吸をする度に全身の骨がバラバラになったかのような激痛が走る。
「だけど……俺は……ガハッ!?」
それでもロイは諦めずに眼前の瓦礫を退けようとするが、力を籠めた途端、大量の血を吐いて再び倒れる。
「クソッ! 何だよ……動け、動いてくれよ。俺は、イリスさんを……」
身動き一つできないままならない状況に、ロイは悔し涙を流す。
このままではイリスは本当の幸せを知らず、恨みだけを残して生涯を終えてしまう。
彼女はまだ十二の少女なのだ。
人生で経験した事がない事が数多くあるはずだ。
全てが楽しい経験ではないだろうが、それでも人生は素晴らしいものだと教えてあげたい。
「だからお願いだ。あと少しだけ、彼女を救うまでどうか……」
そんなロイの願いが届いたのか、ロイの頭に声が響く。
――どうした、我が盟友よ。何をそんなに嘆いているのだ。
「だ、誰だ?」
突然響いた声に、ロイは戸惑いながら辺りを見渡す。
しかし、辺りには人影らしいものは見当たらなかった。
――捜しても無駄だ。我は主の頭に直接語りかけているのだからな。それより、我は悲しいぞ、たった一年会わなかっただけで我の声を忘れるとは……。
「声……まさか!?」
ロイの脳裏に、声の主の姿が浮かぶ。
「そうか、すまなかった。俺たち、あれだけ毎日語り合ったのに……」
――そんな事より我が盟友よ。何やら困っているようだな。
ロイの謝罪を無視して、声の主は続ける。
――もし主が望むのならば、今一度我の力、主に貸してやっても良いぞ。
「え? 力って……でも、お前は……」
――何処にあろうと我と主は繋がっている。主と盟約を結んだ時にそう告げたであろう。
「そう……だっけ?」
――そうだ。まあ、主の頓着のなさは今に始まった事ではないからな……。
声の主は、ロイの物覚えの悪さに呆れているようだった。
――それで、どうするのだ?
「そんなものは、既に決まっているだろう」
ロイは声の主に向かって、犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。
――承知。では、我が名を呼ぶが良い。
その言葉にロイは力強く頷くと、口内に溜まった血を吐き出し、残っている力の全てを右手に籠める。
ゆっくりと息を吸い、目を見開いて声の主の名を口にする。
「来い! デュランダル!」
次の瞬間、ロイの視界が真っ白に染まった。
※
レギオンの猛攻を、リリィとエーデルは命からがら回避し続けていた。
咄嗟に逃げ出したものの、リリィたちの一歩と、レギオンの一歩では歩幅が全然違った。
いくら必死に駆けたところで、たったの数歩でその差を埋められてしまい、無数の手を使った猛攻に晒されていた。
闘技場から脱出する考えも浮かんだが、外へ出る前に通路を徹底的に壊され、生き埋めになる可能性が高いというのと、レギオンを外に連れ出すことは、街の人に更なる混乱を与えてしまうとういう配慮から、エーデルたちは闘技場内でレギオンの自滅を待つ事にした。
それに、ロイのこともあった。
ロイが死んだとは微塵も思っていないが、一刻も早く救出して手当てをする必要がある。エーデルはそう考えながら精一杯の回避運動を続けていた。
「あだっ!?」
すると、瓦礫に足を取られたリリィが悲鳴を上げながら地面へ倒れてしまうのが見えた。
その隙をレギオンが逃すはずも無く、無数の蛇がリリィへと襲い掛かる。
「何やってるのよっ、エアリアル!」
エーデルは杖を振るって風魔法を発動させると、リリィへと迫る蛇を蹴散らす。
しかし、一瞬でも意識をリリィへと向けたのは誤算だった。
リリィに向かったとは別の蛇がエーデルに絡み付いて拘束する。
「しまっ……」
蛇に拘束されたエーデルは軽々と持ち上げられ、レギオンの正面へと連れて行かれる。
エーデルを前にしたレギオンの体が震えだし、胴体部分に巨大な口が出現する。
「ま、まさか、私を食べるつもりなの!?」
「ホシ……イ。オマエノマリョクヲ……ヨコセ!」
レギオンはずらりと並んだ歯をガチガチと鳴らしながら、拘束されて動かないエーデルへと迫る。
「いや、いやいや、私を食べていいのはロイだけなんだからね!」
エーデルは必死に暴れて逃げようとするが、拘束しているヘビはビクともしない。
そうこうしている内にレギオンの口が迫り死を予期したエーデルは、
「助けて……助けて、ロイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィ!」
最愛の人に向かって全力で助けを求める。
次の瞬間、突風と共に青い閃光が駆け抜けたかと思うと、レギオンが大きく吹き飛んでエーデルの体が自由になる。
「え?」
レギオンに食べられずに済んだエーデルであったが、今度は結構な高さから落下する羽目になる。
「きゃあああああああああああああああああああっ!」
突然の事態に、事態を打開する魔法を唱える余裕はエーデルにはない。
しかし、エーデルが地面に叩きつけられるより早く、人影が颯爽と現れて彼女を空中でキャッチしてみせる。
「……えっ?」
地面に軽やかに着地する感覚に、エーデルがおそるおそる目を開けると、
「大丈夫か。エーデル」
彼女の目に、ロイの優し気な微笑が映る。
「え? ロイ……なの? 本物?」
突然の事態に頭は混乱しているエーデルは、抱えられた姿勢のまま彼の体を遠慮なく触る。
無遠慮に体をまさぐる幼馴染を、ロイは辟易したように突き放す。
「いたっ、痛いって。まだ万全じゃないんだから乱暴に触るな!」
「あっ、ご、ごめん……」
声の調子から冗談ではないと察したエーデルは、謝罪しながら自分の足で立つ。
改めてロイの姿を見てみると、全身傷だらけで、見るからに満身創痍に見えたが、一つだけ先程までとは明らかな違いがあった。
それは、右手に透き通るような鮮やかなブルーの刀身をした一振りの剣を持っていることだった。
「それって、まさかデュランダル!? そっか、剣の力で回復したのね……でも、どうして?」
「ああ、俺も驚いたが、呼んだら来てくれたんだ」
エーデルの疑問に、ロイは事も無げに言うと、愛用の剣を肩に担いで歯を見せて笑う。
「少し待っていてくれ。すぐ終わらせるから」
「……うん。任せた」
勇者と聖剣、この二つが揃えばもう何も怖いものはない。
安堵の笑みを浮かべたエーデルに送り出されたロイは、デュランダルを手にレギオンへと向き直る。
当のレギオンは先程の一撃で闘技場の壁にめり込んでおり、必死に壁から抜け出そうともがいていた。
ロイはもがき続けるレギオンの数メートル手前で止まると、剣を両手に持ち、自分の背中に剣を隠すように身を捻って構える。
「イリスさん。今、助け出します!」
「オノレ……オノレ……ユウシャメ……コロシテヤル!」
レギオンは苦しそうに呻きながら、ロイへ向かって腕を伸ばす。
「すぅ……」
巨木のような腕が迫ってもロイは動じることなく、ゆっくり息を吸う。
すると、ロイの呼吸に合わせるようにデュランダルの刀身が青白い光を纏い始める。
充分に力を練り上げ、デュランダルが眩い光を放ったところでロイは目を見開くと、
「
必殺の名を叫び、ブルーの刀身を振り抜いた。
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