第49話 無数からなるモノ
「イリスさん!」
ロイが叫びながら必死に手を伸ばすが、既に遅かった。
イリスを飲み込んだ金は、手を伸ばすロイから逃げるように舞い上がると、二階席ほどの高さまで上昇して金の球体となる。
「あれは、まさか……」
イリスがいた魔方陣を観察していたエーデルが、何かに気付いたように声を上げる。
「エーデル、あの魔方陣が何か知っているのか?」
「ええ、あの魔方陣は合成陣と呼ばれる異なる物を混ぜ合わせる時に使う魔法陣よ……ただ、私が知っている魔方陣とは少し模様が違うようだけど……」
「合成の魔方陣……だって?」
エーデルの言葉通りなら、イリスは死んだ魔物が残した金と合成されたことになる。
それが何を意味するのか、ロイが宙に浮かぶ球体を注視していると、
「いらない……もう、何もいらない」
球体の表面にイリスの顔が浮かび上がる。
「誰も私を理解してくれない、こんな世界なんか全て壊し尽くしてやるわあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
イリスの絶叫に呼応して球体の表面が大きく波打ち、表面に顔が浮かび上がる。
現れた顔は一つではなく、球体のあらゆる場所から顔が、手が、足が次々と生えていく。
よく見ると現れた部位は人の物だけではなく、ロイたちが倒した魔物の体の一部もあった。
球体はその後も次々と人や魔物の顔や手、足を生やし続け、どんどん醜悪な姿へとなっていく。
形も球体からどんどん歪になり、もはや何の形だかわからないモノへと変貌させていく。
気が付けば、表面に百以上の顔が現れ、それぞれが生まれた喜びを表すように叫び声を上げる。
「何、何、何なのよ!」
耳を
「間違いないわ。あれは……レギオンよ」
「レギオン?」
流れてきた汗を拭いながら、エーデルは今も変化を続ける魔物について説明する。
「レギオンは合成獣、キメラの研究論文であらゆる魔物を合成させた究極の魔物として記されているわ。個にして軍団の異名を与えられ、元の魔物の能力を全て踏襲しているらしいわ」
「そ、そんな……そんな奴とどうやって戦えばいいのよ」
「戦う必要はないわ」
弱気になって嘆くリリィに向かい、エーデルが心配ないと告げる。
「あれだけの魔物が一つになって長時間活動できるはずがないわ。論文でも、取り込んだ数が多くなればなるほど意思疎通が上手くいかず、放っておいても自壊して死ぬと言われているわ」
「それじゃあ、イリスさんはどうなるんだ?」
ロイの質問に、エーデルは悲しげにかぶりを振る。
「残念だけど、キメラは生物を一度融解させてから合成されるの。だからイリスさんはもう……」
あの中にイリスの意識は残っていたとしても、彼女の体は既に消えてしまっている。
エーデルにそう断じられ、ロイは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「そ、そんな、俺はイリスさんを……っ!?」
救いたかった。そう言葉を発する直前でロイは言葉を飲む。
その言葉を口にしたら、全てを諦めてしまったようなものからだ。
何があっても絶対に諦めない。どれだけ絶望的な状況に追い込まれたとしても、諦めなければ必ず光明が見つかるはずだ。
ロイはそれを信条に、あらゆる困難を乗り越えてきたのだ。
「俺は絶対に諦めない!」
自分を鼓舞するように大声で叫んだロイは、武器を構えて前へと出る。
戦う気概を見せるロイを見て、エーデルが慌てて声をかける。
「ロイ、無駄よ。それより一刻も早くここを出て、レギオンの自滅を待つべきよ」
「駄目だ。それじゃ遅すぎる。一刻も早くあそこからイリスさんを引きずり出せば、助け出せるかもしれないだろ」
「だから無理なのよ! 彼女の体は既に溶けて無くなっているのよ!」
「そんなの試してみなければわからないだろう。戦う気が無いならエーデルは早く逃げろ」
ロイは、エーデルを残して前へ出ると、レギオンとなったイリスへ声をかける。
「イリスさん。俺はあなたを助け出してみせます!」
すると、声に呼応してレギオンの顔の全てが一斉に目をロイへと向く。
「許サなイ、アナタだケハゼッタイに!」
全ての顔が同時に叫ぶと、巨大な体を震わせてロイへと襲い掛かる。
何十本もある手と足を器用に動かし、あっという間にロイとの距離を詰めたレギオンは、数多の腕を振るってロイを捕まえようとする。
唸りを上げながら迫る腕を、ロイは左右へステップしながら移動を繰り返して避け、レギオンの裏へと回る。
レギオンの足を足場にしながら背中へと飛び移ると、頭頂部目掛けて疾駆する。
途中、キマイラの尻尾の蛇が次々と生えてロイへと襲い掛かかり、魔物の顔が次々と現れ、口から様々な種類のブレスを吐き、魔法攻撃を仕掛けてくる。
「邪魔だ! どけええええええぇぇぇ!」
魔物たちの猛攻を、ロイは剣で切り伏せながら前へと進む。
しかし、全ての攻撃を防ぐ事はできず、頭頂部に到達した時には蛇の牙で体を切り裂かれ、ブレス攻撃と魔法でいくつもの火傷を負っていた。
それでもしっかりとした足取りで頭頂部に立ったロイは、剣を逆さにして頭上に掲げる。
「イリスさん、今、助けますから」
ロイはイリスに声をかけながら、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
真っ直ぐ振り下ろされた剣は、レギオンの体に深々と突き刺さると思われたが、
「なっ!?」
剣が刺さる直前で足元に突然巨大な人の口が現れ、ロイの剣を歯で受け止めて見せる。
攻撃を受け止められた事にロイが驚愕していると、さらに二つの口が足元に現れ、ロイの足へと噛み付く。
「あぐぅ……このっ!」
痛みに顔をしかめながら、ロイは剣を引き抜いて噛み付く口に攻撃しようとするが、ロイの剣を止めた歯はがっちりと噛み付き、どれだけ力を入れて引っ張ってもビクともしない。
その間にも足に噛み付いた歯は食い込み、ロイの足元から血が噴出し続ける。
「ロイ、前を見て!!」
エーデルの泣き叫ぶような声にロイが顔を上げると、
「なっ!?」
城を支える柱かと思うほどの、太くて巨大な黄金の腕が目の前まで迫っていた。
「しまっ!?」
慌てて回避しようとするロイであったが、足を拘束されて身動き一つ取ることができず、レギオンの豪腕をまともに喰らい、目にも止まらぬ速度で闘技場の観客席へ叩きつけられる。
「ロイッ、いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
観客席から上がる土煙を見て、エーデルが顔を真っ青にして悲鳴を上げる。
「このっ! よくも、ロイを!」
ロイの仇をとるべく、エーデルが杖を構えて詠唱を唱えようとするが、
「――――――――っ!!」
レギオンの体から無数のバンシーの顔が現れ、エーデルの詠唱を阻害させる大絶叫を響かせる。
「あっ、うぅ……」
闘技場の壁にヒビが入るほどの大絶叫に、エーデルは耳を押さえて詠唱を中断してしまう。
「次ハ、おまエだあアアァァ!」
すると、新たな敵を認識したレギオンが無数の手をエーデルへと伸ばす。
「こ、こんなことで……私のロイへの愛は…………」
エーデルは何とか立ち上がろうとするものの、大音響で聴覚障害を起こした影響か、足取りが覚束ない。
迫る豪腕を前に、エーデルは成す術なく立ち尽くす事しかできなかったが、
「エーデルさん、危ない!」
間一髪でリリィが体ごとぶつかるようにしてエーデルを救出する。
「ここは危険です。とにかく退避を!」
「いや、放して! ロイが、あたしのロイが!」
「ロイはきっと大丈夫です。それより今は、ボクたち自身の身を守る方が先決だよ!」
リリィは暴れるエーデルを抱え上げると、迫り来るレギオンに背を向けて逃げ出した。
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