第45話 魔物の群れとまみえる

「エーデル、リリィ準備はいいな!」

「勿論、愛するロイの為なら楽勝よ」

「う、うん……任せて」


 ロイからの声に、エーデルとリリィが相次いで応える。


 しかし、緊張からか、リリィの動きは何処かぎこちない。


 それを敏感に察したロイは、リリィに向かって大声で叫ぶ。


「リリィ、集団相手に戦うコツを教えるぞ!」

「え? あ、うん」


 突然の事態にリリィは目を白黒させるが、ロイは構わず続ける。


「いいか? 俺たちは全員で一人のパーティーだ。一人でも欠けたら全滅すると思え。だから、絶対に無理はするな。少しでもヤバイと思ったら誰かを頼れ!」

「わかった。遠慮なく頼るようにする」

「ああ、俺もリリィを頼るから宜しくな」


 ロイが笑顔で差し出した拳に、リリィも力強く頷いて拳を合わせる。


「あ~、私も、私も」


 目の前に魔物が迫っているにも関らず、エーデルが呑気な声を上げながら駆け寄り、ロイの背中から手を回してロイの拳を両手で包み込んだ。


「……そこは横から拳を当てにくるんじゃないのか?」

「せっかくだから拳の代わりに胸を当ててみたんだけど……どう?」


 こんな状況でも全く緊張感のないエーデルの態度に、ロイは大きく嘆息する。


「ロイ、エーデルさん。後ろ!」


 背後から抱きつくエーデルを引き剥がそうとするロイの様子を見て、好機と思った三匹のゴブリンが武器を手に襲い掛かってきた。


 リリィが慌ててダガーを構え、ロイの背後から迫るゴブリンを迎撃しようとするが、


「この、いい加減に離れろ!」

「いいじゃない。減るもんじゃないし……エアリアル!」


 互いに愚痴を言いながらも、ロイは手にした剣を、エーデルは杖をゴブリン目掛けて振るう。


 ロイの目にも留まらぬ斬撃で、一匹のゴブリンは一瞬にして切り伏せられ、エーデルの杖から放たれた風の魔法が、残った二匹のゴブリンを八つ裂きにする。


 あっという間に三匹の魔物を切り伏せたのを見て、リリィが驚嘆する。


「す、すごっ……」

「感心している場合じゃないぞ。ここからが本番だ!」


 ロイはどうにかエーデルを引き剥がすと、剣を構えて前へと出る。


「いくぞ!」


 その合図を皮切りに、ロイたち三人と魔物の命を駆けた争いが始まった。



「やああああっ、クロス・スラッシュ!」


 リリィが両手に装備した二本のダガーが閃くと、二体のリザードナイトの首から上が胴と乖離して一瞬にして絶命させる。


「次っ!」


 死んだ事に気付かず歩き続けるリザードナイトには目もくれず、リリィは左のダガーを手首のスナップを利かせて投擲する。

 ダガーは詠唱中のエーデルに襲いかかろうとしたデモンの目に刺さり、勢いのまま頭部を貫く。


 ダガーには糸が結び付けられており、デモンの動きが止まったのを確認したリリィは、手を引いてダガーを回収する。


 その間、リリィを標的にしようとした魔物はロイに次々と切り伏せられていた。


「二人とも感謝するわ……エクスプロージョン!」


 魔法の詠唱を終えたエーデルは爆裂魔法、エクスプロージョンを発動させる。

 エーデルの杖から一メートルを越える巨大な光の玉が生まれ、魔法の詠唱をしているバンシーとガーゴイルの群れへと飛び込む。


 次の瞬間、建物全体を揺るがすほどの衝撃が生まれ、三十匹以上いた魔物たちが一瞬にして蒸発する。


「次、もっと大きな魔法を使うから、時間稼ぎ宜しくね」


 エーデルはそう一方的に告げると、杖を構えて次の魔法を撃つ為に詠唱を開始する。



「地獄より尚暗き、奈落の底よりい出し闇を掌る冥主よ……」


 魔法の詠唱を始めると同時に、エーデルの周りに生まれた黒い風が衝撃波となって広がり、部屋の温度を体感で五度以上も下げる。


「な、何……お前たち、早くあの詠唱を止めるのよ!」


 これまでとは明らかに違う、全てを破壊せしめんとす圧倒的闇の波動に、慌てた様子のイリスが魔物たちにエーデルを止めるように指示を出す。


 イリスの言葉に、魔物たちが一斉にエーデルへと意識を向けるが、


「こっちだ。烈風剣・双れっぷうけん・そう!」


 ロイが得意の剣撃を飛ばす必殺技、烈風剣を十字に放ち、エーデルへと意識を向けていた魔物たちを十匹以上まとめて屠る。


「このっ、ボクから目を逸らすなんて生意気だよ!」


 続けてリリィは腰のポーチから二つの瓶を取り出すと、集団で動く魔物たちの頭上目掛けて放り、同時に二本の投げナイフ抜いて投げる。

 ナイフは狙い通り二つの瓶を貫き、中の物が魔物たちへと降り注ぐ。


「催涙効果のあるルイの花の実をすり潰した粉だよ。魔物だってタダじゃすまないよ」


 リリィの言葉通り、粉を浴びた魔物たちは目頭を押さえて苦しそうにのた打ち回る。


 後は粉を浴びないように気をつけながら、リリィは苦しむ魔物に向けてダガーを投げて一匹ずつ確実に仕留めていく。


「ええい、たかが二人に何をやってるのよ! こうなったら……」


 ロイたちを追い詰められない事に憤ったイリスは、倒れているバンシーの首元からナイフを抜き、もう一匹のバンシーの首元へナイフを突き立てる。


「――――――――っ!!」


 闘技場内に、再びバンシーの断末魔が響き渡る。


「クッ……」

「うわっ!?」


 ロイたちはその叫び声に顔をしかめて耳を塞ぐ。

 魔法を詠唱中のエーデルもせっかく唱えた魔法を中断されそうになるが、


「……ッ、万物を深淵の闇へと誘う奔流へと……」


 流石の集中力でどうにか乗り切り、言葉を紡ぐ。


「さあ、今度の襲撃には耐えられるかしら?」


 イリスの言葉に、気を取り直したロイが闘技場の入口を見やると、


「……チッ」

「うそ……」


 ロイは思わず舌打ちをし、リリィが絶望的な声を上げる。


 そこには、三体のキマイラが獰猛な唸り声を上げて闘技場内へと入ってくるのが見えた。



 一体でも倒すのに苦労するキマイラが三体、しかも、かなりの数を減らしたものの、最初に登場した魔物たちもまだまだ健在だった。


「リリィ、弱気になるな!」

「ロイ……」

「弱い心を見せれば体が硬くなり、奴等に付け入る隙を与えるだけだ。どれだけ絶望的な状況でもふてぶてしく笑って自分ならできると、仲間と一緒ならできると信じ込むんだ!」

「仲間を……信じる」

「そうだ。それにエーデルが魔法を発動させれば一気にカタがつく。それまでの辛抱だ」


 リリィがエーデルへと目を向けると、エーデルの周りに漂う闇が明らかに深くなり、彼女の姿を視認するのが容易ではなくなっていた。


 あれがどのような魔法かは想像も付かない。


 だが、あれは直視していてはいけないものだと直感で理解したので、リリィは視線をロイへと戻して頷く。


「わかった。絶対に諦めない」

「そうだ。前衛には俺が立って奴らを撹乱するから、リリィは援護を頼む」


 作戦を確認したロイとリリィは、二手に分かれて行動を開始する。

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