第44話 怪しげな薬の正体は?
「ふ、ふざけないで!」
高笑いを続けるイリスに、今まで黙って話を聞いていたリリィが我慢ならないといった様子で前へ出る。
「そんな勝手な理由で、ボクの兄さんは死んだっていうの!?」
「……誰? あなた」
「ボクは元冒険者のリリィ・リスペット。ボクの兄さんはナルキッソスとしてあなたに従っていた。ボクと幸せに過ごす未来を信じて……」
クロクスがイリスに付き従ったのはお金の為もあるが、全てはリリィの為だった。
他のナルキッソスのメンバーもこの国を憂い、少しでも皆が暮らしやすくなるようにというイリスの言葉を信じて、悪事に手を染めてきたのだ。
「その結果、兄さんは死んだわ! どうしてあの優しかった兄さんが死ななきゃならなかったの!? しかも、魔物にされて死ぬなんて冒険者として最大の屈辱よ!」
「あら、あなたのお兄さんは魔物になって死んだの。それはそれは、お気の毒にね~」
リリィの言葉に、イリスはコロコロと嬉しそうに笑う。
「ふ、ふざけるな!」
怒りで唇を噛み切ったリリィは、腰からダガー抜いて臨戦態勢を取る。
「リリィ、待つんだ!」
今にも飛び掛っていきそうなリリィを、ロイが手を伸ばして止める。
「止めないで、ロイ。ボクは……」
「勝手はしないって約束したろ!」
「…………わかった」
しぶしぶ頷いて下がるリリィに、ロイは「ごめん」と一言詫びてから再びイリスに向き直る。
「イリスさん。何故、彼女の兄は魔物になったのですか? それもあなたの仕業ですか?」
「モチロンよ」
イリスは口の端を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべると、得意気に口を開く。
「ところであなた……リリィちゃんだっけ? あなたも元冒険者なら、自身の力を増幅させる薬が広まっているのは知ってる?」
「……これのこと?」
リリィは怪訝な顔をしながら、腰のポーチから一つの小瓶を取り出す。
土気色をした液体が入った瓶は、ロイと戦ったグラースが、玉座の間でクロクスが飲んだ薬と同じものだった。
「そうそう。な~んだ、あなたも持ってるじゃないの。どうしてその薬を飲んでくれなかったの? それを飲めば、あなたもお兄さんと同じ運命を辿れたのに」
「同じ運命。まさか、この薬を飲むと……」
イリスの言葉で事実に気付いたリリィは、慌てて薬の入った小瓶を投げ捨てる。
床に落ちた小瓶は音を立てて割れると、土気色した中身が床の上に広がる。
「ヒッ!?」
床に広がった中身を見て、リリィが小さく悲鳴を上げる。
液体だと思われた薬の中身が震え、表面に人の顔のようなものが浮かんで来たのだ。
まるで意思があるように動く液体を見て、ロイとエーデルの二人も揃って眉を顰める。
「……何だこれ?」
「これって、ひょっとして……魔物?」
「わあ、エーデルちゃんたら流石ね。魔物の動力源の話の時もそうだったけど、理解力が尋常じゃないわね~」
イリスは手を叩いてエーデルを称賛すると、自分の傍らで今も歌い続けるバンシーをいとおしそうに抱く。
「それはね、この子たちの体の一部を、他の魔物の血液に溶かして瓶に詰めたものなのよ」
「魔物の血……じゃあ、ボクたちの力を増幅させるというのは嘘……」
「そんなことないわ~。これを飲めば力が上がるのは本当よ。ただ、その要因は体が魔物化しているからよ。そして、この子たちが歌うと取り込んだ魔物の力が目覚め、体が魔物になってしまう副作用があるくらいよ」
果たしてどれくらいの冒険者が魔物になっちゃったのかしら? と呑気に呟きながら、イリスは闘技場の外を見やる。
ナルキッソスと関係のないリリィですら件の薬を持っていたのだ。この薬がどれだけ冒険者の間に浸透しているかは計り知れない。
力を求めない冒険者などいるはずがない。
そして、問題が起きた時の対抗手段として、薬を飲む冒険者も少なくないだろう。
結果として、かなりの数の冒険者が魔物になってしまったと想像するのは容易かった。
「どう、ロイ君。こんな状況になっても、まだこの国を救うとか考えていたりする?」
「当然です。俺はその為にここに来たんですから」
イリスの挑発に、ロイは即答する。
「それに救うのはこの国だけじゃない。俺はあなたも救って見せますよ」
「わた……し?」
「そうです。イリスさんが国に対して、相当強い恨みを持ってるのはわかりました。ですが、富と権力……全てを持っているあなたが自分の地位を捨ててまでこの国に仇なすのか? その理由が俺にはわからない。だから教えてくれませんか? 俺にできる事なら何でも……」
「黙りなさい!」
ロイの言葉を遮り、穏やかな笑顔を一転させ、憤怒の表情となったイリスが怒鳴る。
「何が、あなたも救ってみせるよ! 何も知らないくせに、よくそんな言葉が言えたものね」
「だから、俺は……」
「黙りなさいと言ったでしょう! そんなに知りたいのなら……」
イリスは胸元から小さなナイフを取り出すと、一体のバンシーの首に刃を突き立てる。
「――――――――っ!!」
ナイフを突き立てられたバンシーが、この世の物とは思えないおぞましい悲鳴を上げる。
「ぐうぅ……」
脳を揺さぶられるような悲鳴に、ロイたちは顔をしかめてその場に跪く。
そんな中、イリスは悲鳴をものともせず、両手を広げて嬉々として叫ぶ。
「私の子供たちを倒してみなさい! そうすれば質問に答えてあげるわ!」
イリスの叫びに呼応して、闘技場の入口から次から次へと魔物が現れる。
その数はまたたく間に入口を覆いつくさんばかりに膨れ上がっていた。
「言うまでもないけど、この子たちも元はこの国の人間だった魔物よ。勇者ロイ君は彼等を倒す事はできるかしら?」
「ロ、ロイ……どうするの?」
魔物とはいえ相手が元人間と判明し、リリィが困惑したようにロイを見つめる。
ロイはリリィに「問題ない」と笑ってみせると、声を張ってハッキリと告げる。
「勿論、戦います。相手が誰だろうと、立ちはだかるなら容赦はしない」
「ハッ、とんだ勇者ね。目的の為ならば罪もない人でも平気で斬るというのね?」
「ええ、俺は聖人君子でも何でもありませんから……」
勇者だからと言って何でも思い通りにできるわけじゃない。
全ての人を救うなんて奇跡は起こせない。
だから、ロイに……勇者にできることなんて限られている。
「俺は自分にできることを全力でやるだけです。魔物たちが元人間だったとしても、元に戻す術がわからない以上、彼等が罪もない人を襲う前に止めるだけです。人々を殺した罪は、俺が仲間の分も含めて全部背負ってみせますよ!」
ロイは折れた木剣に代わり、城の兵士から譲り受けた鉄の剣を引き抜くと、一匹だけ突出して襲い掛かってきた小人の魔物、ゴブリンを一閃の元に斬り捨てる。
目の前で散っていくゴブリンを見て、イリスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「相変わらず奇麗事をペラペラと……お前たち、あの身勝手な男をやっつけてしまいなさい!」
イリスが声高々に命令すると、魔物たちが一斉に動き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます