第42話 お願いしてもいいですか?
泣き続けるリリィをネルケに任せ、ロイはこの国で起きている異変についてエーデルから報告を聞いていた。
事の始まりは「歌が聞こえる」と言って苦しみ出した冒険者が突如として魔物へと変貌し、人々へ襲い掛かったことだ。
王は不在、さらに多くの貴族が事態に慄いて早々に逃げてしまったので、カーネルが一時的に全権を預かり、民の避難と魔物の討伐に当たっているという。
エーデルは魔物へと変貌したグラースを、無事だった冒険者たちと協力してどうにか倒したが、ただならぬ事態にロイの身を案じて城へと踵を返した。
途中、クロクスが戻らない事を心配して様子を見に来たリリィと、カーネルからロイを迎えに行くように命令を受けたネルケと合流して、この地下牢を訪れたということだった。
「ロイ……」
エーデルの報告を聞き終えると、心の整理がついたのか、立ち上がったリリィが涙を拭って頷く。
「ボクはもう大丈夫だから、行こう」
「行こうって、まさか一緒に来るつもりか?」
「うん、ダメかな? ロイは聞いたんでしょ。兄さんから今回の黒幕について……」
真剣な表情で見つめてくるリリィに、ロイは探るように尋ねる。
「……一つ聞くが、復讐とか考えていないよな?」
「考えていない……と言えば嘘になるけど、今はそれより、純粋にこの町を救いたいという気持の方が大きいんだ……それに、そうした方が兄さんも喜んでくれると思うしね……兄さんも……」
リリィはそう言うと、涙を流しながら笑う。
「あれ? もう大丈夫だと思ったのに……アハハ、これじゃあ兄さんに笑われちゃうよね」
気丈に笑いながらも、次から次へと溢れてくる涙をリリィは必死に拭い続ける。
「ロイ……」
「ああ、わかってる」
ロイはエーデルと視線を交わして頷き合う。
この場に置いていくより、一緒に行動した方がリリィを守れるだろう、と。
「リリィ、君の覚悟はわかった。この街を守るため、一緒に行こう」
「うん!」
ロイが差し出した手を、リリィは力強く握り返す。
リリィを新たな仲間に加え、ロイたちは地下牢を後にしようとすると、
「申し訳ありませんが、私はここまでのようです」
肩で大きく息をしたネルケが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「先程の魔法で魔力を使い果たしてしまいました。これ以上は、勇者様のお役に立てそうにもないので、私の事はどうかこのまま捨て置いて下さい」
「ネルケさん……」
ロイは疲れた様子のネルケのところへ行くと、手を取って頭を下げる。
「ありがとうございます。お陰で、助かりました」
「私は……勇者様のお役に立てましたか?」
「ええ、充分過ぎるほどに。このお礼はなんと言ったらいいか……」
「そんな、お礼なんて……」
ネルケは顔を真っ赤にして、上目遣いでロイを見る。
「あの、でしたら私に……」
「はいはい、そこまで。ほら、ロイとっとと行くわよ」
「痛っ、な、何だよエーデル。痛いって!」
ネルケが願いを言う前に、エーデルがロイの耳を引っ張って無理矢理立たせ、引き摺るように歩き出す。
「さっきのは見逃してあげたけど、他の女との浮気なんて絶対に許さないんだから」
「な、何を言っているんだよ。痛いから放せって!」
「はいはい、街を救うのが勇者の務めでしょ。時は一刻を争うのよ」
ロイがいくら言葉を尽くしてもエーデルは頑として聞き入れず、彼の耳を掴んだまま地下牢から出て行った。
その後、一人残されたネルケは、
「…………欲しかったな。勇者様のサイン」
誰もいなくなった地下牢で、寂しげにささやかな願い事を呟いた。
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