第36話 ここは俺に任せろ!

「クッ、全員武器を取れ!」


 予想していた最悪の展開に、グラースは迷わず仲間たちに戦闘の指示を出すが、


「ちょっと待った!」


 ロイが手を伸ばして武器を構えようとするグラースを抑える。


「なっ!? やっぱりお前もあいつの味方をするのかよ!」

「違う。ここは俺に任せて君たちは逃げるんだ!」

「逃げろだ? 何の為にだよ」

「聞いただろう? この状況はあのフロッシュ公爵の差し金で、王は何も知らないんだ。なら、やり直すチャンスはある。だけどここで君たちが暴れたら、全てが水泡に帰してしまう」

「それはわかるが……なら、お前はどうするんだよ」

「決まっている!」


 ロイは背中から木剣を抜いて斜に構える。


「せいっ!」


 気合の掛け声を上げながらロイが大理石に剣を走らせると、甲高い音を響かせながら足元に一本の太い線が引かれる。


「ここより先に進もうとする者は、容赦なく叩き伏せる事になるが、世界を救った勇者に挑む者はいるか!」


 ロイが声高に宣言すると、今にも斬りかかろうとしていた騎士たちがピタリと止まる。


 ただの木剣で大理石を易々と切り裂いて見せたのだ。


 ロイの尋常じゃない剣技を前に、二の足を踏んでしまうのは仕方のないことだった。



 騎士たちの動きが止まったのを確認したロイは、グラースへと笑いかける。


「ここは俺に任せて、君たちは早く脱出するんだ」

「……わかっていたが、お前、本当に無茶苦茶だな」


 グラースは呆れたように笑うと、力強く頷く。


「死ぬなよ?」

「フッ、誰にものを言っているんだ。それと、エーデル?」

「……何? まさか、私にナルキッソスの護衛をしろとか言うつもり?」


 既にロイが何を言うか察していたのか、エーデルが先回りして質問する。

 理解ある幼馴染の言葉に、ロイは笑顔で首肯する。


「ああ、そのまさかだ。エーデルにしか頼めないんだ。頼むぞ」

「はぁ、ロイにそう言われちゃったらちょっと断れないわね。まあ、今の状況には普通にムカついてたから、護衛ついでに暴れてくるわ」

「……くれぐれも殺すなよ?」

「フフッ、大丈夫よ。一生治らない心の傷を負わせる程度にしておくわ」


 笑顔でとんでもないことを言ったエーデルは、愛用の杖を取り出して魔法を詠唱する。


「世界を蓋いし優しき風よ。烈風の刃となって我が敵を討て……エアリアル!」


 エーデルが魔法を発動させると、杖の金細工部分から一迅の風が薙ぎ、謁見の間の扉を二つに割ってみせる。


「ほら、あなたたち、とっとと付いてきなさい!」


 エーデルは長い杖をクルリと回して悠然と歩き出す。


「ま、待つんだわい!」


 勝手に退出しようとするエーデルに、フロッシュ公爵が声をかける。


「そのまま出て行くと、ボクチンの権限で国家反逆罪にしちゃうよ? 聡明なエーデルちゃんならその意味、わかるよね?」


 その言葉にエーデルは足を止め、振り向くとニッコリを微笑む。


「さ、流石は世界最強の魔法使いのエーデルちゃん」


 手を叩いて笑うフロッシュ公爵に、エーデルは杖を持っていない方の手を掲げると、


「ライトニングボルト!」


 詠唱を一切唱えずに魔法を発動させる。


 エーデルの手から発せられた黄色い閃光は、一瞬にしてフロッシュ公爵の体を包む。


「あばばばばばばばばばばばばばっ!?」


 雷魔法、ライトニングボルトの直撃を受けたフロッシュ公爵は、壊れた人形のように全身を痙攣させる。

 杖を介さずに発した魔法なので、雷の魔法はあっという間に霧散してしまうが、それでもフロッシュ公爵を行動不能にするには充分だった。


「あら、ごめんあそばせ。クソ虫に気安く名前を呼ばれたから、反射的に魔法を撃っちゃったわ。でも、レディに対する扱いもわからないクソ虫には当然の報いよね?」


 エーデルは倒れて意識を失ったフロッシュ公爵に侮蔑の視線を向けると、颯爽と振り返って部屋から退出していく。


 入口付近にも武器を構えた騎士たちがいたが、エーデルが視線を向けると、慌てたように武器を引いて彼女へ道を譲る。


「何をしている!」


 エーデルの暴挙に唖然としているグラースたちに、ロイが急かすように声をかける。


「次は君たちだ。早く!」

「ハッ、おいお前たち、彼女に続くんだ!」


 グラースの言葉に、我に帰った男たちがいそいそと謁見の間から退出していく。



 ……ただ、一人を残して。


「何をしている。クロクスも早く行くんだ!」

「悪いけど、僕もここに残させてもらう」


 そう言ってクロクスは自分の武器、一度壊されて修復した跡が見える杖を構えて前へと出る。


「……どうして?」

「単純な話だ。こうした方が皆の助かる確率が上がるからだ。それに、一人でここに残ってあれだけの人数、全員をこの部屋から出さずにここを守れるのか?」

「全員にバラバラに動かれたら流石に無理かもな」


 ロイが素直に認めると、クロクスはニヤリと笑ってみせる。


「だから、僕はここに残ってお前をフォローしてやる。精々暴れてムカつく騎士どもに一泡吹かせてやれ!」


 クロクスは懐から小瓶、以前グラースが飲んでいた能力を底上げしてくれる薬を飲む。


「これで少なくとも、そこら辺の奴に後れを取ることはない」


 そう言ってクロクスは、ロイの木剣に強化魔法をかける。


 これにより真剣と切り結んでも、そう簡単に木剣が折れることはなくなった。


「わかった。後ろは任せたぞ!」


 頼もしい援護にロイは笑顔で頷くと、木剣を構えて進み出る。

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